読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

スピリチュアリズムのBlog

スピリチュアリズムの日々の実践を心がけておりますスピリチュアリスト兼カウンセラーのブログです。生まれてこのかた無宗教です。またいかなる思想的団体とも関わりがありません。単独で活動することを信条としています

心霊現象が伝えようとしていること。



こんにちは。

今日は久しぶりにスピリチュアリズム(心霊学、霊実在主義)について。

アラン・カルデック氏はさまざまな交霊会に出席しては心霊現象を研究し、スピリチュアリズム(心霊学、霊実在主義思想)の基礎を作ったかた。
そのカルデック氏が書かれた本の中でも特に「霊の書」は、スピリチュアリズムを学ぶ際には欠かせない、必見の書とされています。

    アラン・カルデックについて  $Spirit's Teaching - 真実のスピリチュアリズムを学ぶ   ウィキペディア


今日はそのカルデック氏の名著である「霊媒の書」からお借りしたいと思います。

  霊媒の書 A・カルデック 著/近藤 千雄 訳


この機会に本物のスピリチュアリズムに触れてみてはいかがでしょうか。

●●● スピリチュアリズムのビギナーさんにお勧めの本 ●●●

$Spirit's Teaching - 真実のスピリチュアリズムを学ぶ シルバーバーチの霊訓    $Spirit's Teaching - 真実のスピリチュアリズムを学ぶ シルバーバーチは語る


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

第一部 四章 さまざまな説・・・ 心霊現象が教えるもの  (P66より)


以上さまざまな説を見てきたが、現象を見もしないで頭ごなしに否定するのは論外として、現象ないし事実を一応検討した者の間でも、なぜこうまで諸説が出るのであろうか。

その原因は単純である。
仮に一軒の家があって、前半分を白く塗り、裏側は黒く塗ってあるとしよう。
それを前から眺めた人は「あの家は白かった」と言い、裏側だけを見た人は「あの家は黒かった」と言うであろう。
両方とも正しいが、両方とも間違っている。
表と裏の両方から見た人だけが本当の意味での正しい答えが出せる。
スピリチュアリズムにも同じことが言える。

現象の一部だけを見て立てた説はそれなりに正しいかも知れないが、それだけでは片づけられない現象がいくらでもある。
だから、全体から見るとその説は間違い、ということになる。

スピリチュアリズムを正しく理解するには時間をかけて、ありとあらゆる現象を細かく検討しなければならない。
大抵の人は自分の体験をもってそれが全てであると錯覚し、その観点から自説を立てる。
そこに間違いの原因がある。

では心霊現象が教えるところを十項目に分けて解説しておこう。

1 心霊現象は超物質的知性すなわち "霊" が演出している。

見えざる世界は霊によって構成されていて、至るところに存在する。
  無辺の宇宙に霊が実在している。
 我々人間の身の周りにも存在し、そのうちの幾人かと常に親密な関係にある(背後霊のこと
  ― 訳者)

霊は絶えず物質界に働きかけており、精神活動にも影響を及ぼしている。
  自然界のエネルギーの一種と見なしてよい。

4 霊は本質において我々人間と変わるところはない。
  かつて地球上または他の天体上で物的身体をたずさえて生活したことのある魂であり、今は
  その物的身体を脱ぎ捨てているというに過ぎない。
 従って人間の魂は "肉体に宿っている霊" であり、いずれは肉体の死によって霊になる、と
  いうことになる。

5 霊といっても千差万別で、善性においても邪悪性においても、理解力の程度においても無知
  の程度においても、無数の段階がある。

6 霊も進化の法則によって拘束されている。
 ただし他方において自由意志も与えられているから、努力と決意の程度によって進化の速度
 が異なる。
 しかし、いつかは完成の域に到達する。

霊界における霊の幸不幸は、地上時代における善悪の所業と霊性
  進化の程度によって決まる。
  完全にして無垢の幸福感、いわゆる至福の境涯は、完全な霊性を極めた者のみが味わうこと
 ができるものである。

8 霊は、ある一定の条件のもとで、人間にその存在を顕現してみせることができる。
  人間と意志の疎通ができる霊の数に限界はない。

9 霊は霊能者を媒介としてメッセージを伝えることができる。
 その場合、霊能者は道具であり、通訳のような存在である。

10 メッセージを送ってくる霊の霊性の高さないし低さは、その
  メッセージの内容に反映する。
 高い霊の訓えは善性にあふれ、あらゆる側面にそれが表れている。
 低い霊の述べることには、どう繕ってみても、偽善と無知と未熟さがうかがえる。


訳者注 ―

これだけのことを一般の人々にすぐに理解を求めるのは無理としても、最近のテレビ番組や心霊書を見ていると、チャネラーと自称して多くの客を相手に霊視力や霊聴力、あるいはインスピレーションで霊からのメッセージを伝えたり前世を語ったりしている人でも、その言葉の端々から霊的知識が欠落していたり誤解していることが読み取れることが多い。

最近あきれ果てたのは、さる女性霊能者が「霊でも千年くらいは生き続けているのがいますから」云々と言ったことで、この人にとっては相変わらず物的人間が実在で、霊は副産物的なモヤのようなもので、いつかはどこかへ消滅していくものでしかないらしい。
神職や僧籍にある人に意外にその程度の認識の人が多いようである。

もう一人のテレビ出演者が書いた霊界の本を開いてみたら「霊界というところは暗くて寂しいところで、地上界の方がよほど良い」といった文章があった。
この人の霊視力はそのレベルまでしか見えていないということを証明している。

自分のことを "神界からの使者である" とか "仏陀の生まれ変わりである" とか称している人もいる。
こういう人は天文学をしっかり勉強して、宇宙の広大無辺さと、無限の次元の波動の世界の存在を知ることである。
おのれの小ささに気づいて、そんなことは言えなくなるであろう。

霊的な仕事に携わっている人の落とし穴は、自分の霊能にうぬぼれて "学ぶ" ということをしなくなることである。