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スピリチュアリズムのBlog

スピリチュアリズムの日々の実践を心がけておりますスピリチュアリスト兼カウンセラーのブログです。生まれてこのかた無宗教です。またいかなる思想的団体とも関わりがありません。単独で活動することを信条としています

(霊界からの通信記録) タイタニック沈没から始まった永遠の旅 その2



今日も、W・ステッド著 「タイタニック沈没から始まった永遠の旅」からお借りしてご紹介したいと思います。

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著者の ウィリアム・トーマス・ステッド さんについて ⇒ ウィキペディア

こちらの本からお借りしています↓
タイタニック沈没から始まった永遠の旅


*****

五章 良心の声 (つづき)

生まれながらにして過酷な生活環境に育った人間は、物の考え方に一つの型 ― レコード盤に刻まれた溝のようなもの が出来上がっております。

他人から物的援助を受けるようなことはあっても、そういう固定した ”物の考え方” を変えるような精神的援助 (※ 他者からの(有効的な)アドバイス) は、まず、期待できません。
気の毒ではあっても、その人は生涯、その不利な条件を引きずって生きなければなりません。

それは、別の角度から見れば、人生についてまったく無知 ― そういう生き方以外の人生については、何も知らずに終わります。
過酷な生活環境を改善する余裕などなかろうはずもなく、ひねくれた感情の積み重ねが、ますます環境を悪化させてゆきます。

では物的にめぐまれた環境に生を受けた人間はどうか?といえば、物的な悩みや苦しみがないということが、やはり結果的には、前者と同じ精神的退廃をもたらします。
同じ ”わだち” の上を、だらしなく歩き続けるだけで、精神は沈滞の一途をたどります。

かくして両者とも、死後の境遇を自らこしらえていくのです。

しかし、この両者はその影響の及ぶ対象が自分自身だからまだしも救われるのです。
これが他人への迷惑が及ぶ思念の使い方をするタイプになると、死後の報いはもっと深刻です。

たとえば悪知恵のよく働くタイプの人間がいます。
他人への迷惑など、まるで考えずに、自分の利害を素早く計算して、事を推し進めます。
こうしたタイプの人は、破壊的思念の中でも特に影響力の強い思念を出していることになります。

思念の悪用の最たるものであり、こちらへ来てから支払わされる代償は、前者のタイプに比べて、はるかに重くなります。
なぜならば、放射した貪欲な思念が強固な壁をこしらえており、それを自らの力で片づけなければならないからです。

いかなる種類のものであろうと、あなたが一度その心に宿し、そして放出したものは、精神世界に関する限り、すでに一つの既成事実となっております。
つまりその考えに基づいて行動を起こす起こさないい関係なく、精神的にはあなたの一部を築いている、ということです。

湧いては消えていく、取り留めもない雑念は別です。
これはたいして影響力はありません。
私が言っているのは、あなたの個性が反映している明確な考えのことです。

それは、いったん心に抱いたら、精神世界に関する限りは実行に移したのと同じことであり、良いにつけ悪いにつけ、その報いをこちらに来てから受けることにになります。

そう言うと、心に思ったことをそんなに一々良心に照らしてコントロールしてたら身が持たないよ、とおっしゃるかたがいるかもしれません。
それは私も同感です。
が、100パーセントはできなくても、私が述べたことを事実と受け留めてくだされば、その後のあなたの精神活動に、これまでとは違った厳しい目を向けるようになるでしょう。

精神活動こそ大事なのです。

良心をあざむいたことを自覚することは、他人にそれを知られるよりも、さらに辛いものです。
静かに、あなたの良心の声に、耳を傾けてみられるがよろしい。

~転載はここまで~