読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

スピリチュアリズムのBlog

スピリチュアリズムの日々の実践を心がけておりますスピリチュアリスト兼カウンセラーのブログです。生まれてこのかた無宗教です。またいかなる思想的団体とも関わりがありません。単独で活動することを信条としています

(霊界からの通信記録)Wステッド氏の本から。「予知現象の原理」



今日も、W・ステッド著 「タイタニック沈没から始まった永遠の旅」からお借りしてご紹介したいと思います。

f:id:kabbalah-suuhi358:20150921203638p:plain
著者の ウィリアム・トーマス・ステッド さんについて ⇒ ウィキペディア

こちらの本からお借りしています↓
タイタニック沈没から始まった永遠の旅


*****

十章 予知現象の原理

俗に ”虫の知らせ” といわれている現象にはいろいろな俗説があるようですが、ほとんどすべてがテレパシー、すなわち、精神と精神との直接的感応の現象です。

これにもいろいろなタイプがあります。
一番多いのが、身内や友人の死の予感ですが、これもテレパシーです。

そういうと、死んだ本人は自分の死を予知していたわけではないのに・・・とおっしゃるかたがいらっしゃるかもしれません。
確かにその通りで、突然事故で死んだのだから、その事故より何日も前に本人が、「何月何日に死ぬ」ことがテレパシーで予知できるはずがない、というわけです。

説明しましょう。

これには、事故死するB氏の背後霊団が関与しているのです。
霊団はB氏の生活のパターンを細かく観察していて、このまま進むと死の危険に遭遇するというところまで予見します。
そして、それを避けるための最大限の努力をします。
それが功を奏する場合もありますが、因果律の働きの必然の結果まで変えることは、絶対にできません。
運命は、自分で築いていくのです。
背後霊といえども、本人に代わって思い通りに細工を施すことは許されないのです。

さて、B氏の場合、それが功を奏さずに、いよいよ死期が迫ったとします。
その頃には霊団の必死の働きかけの波動がB氏の身辺に渦巻いております。

本人は何も気づいていませんが、それを霊感の鋭い友人のA氏が感知します。
ビジョンとして見ることもあり、夢として見ることもあります。
その際、地上的な ”距離” は何の障害にもなりません。

では、予言が外れることがあるのは何が原因か?ということになりますが、これは、今述べた 『背後霊による必死の働きかけが功を奏して、それらを回避できた』 場合が考えられます。

このように、予感とか虫の知らせには、必ず、霊界からの働きかけがあることを忘れてはなりません。


(訳者 近藤千雄氏 による)注釈 ― 

スピリチュアリズムの重要な発見の一つとして、物質界の諸相 ― 人間生活から自然界の営みに至るまで ― の全てに、見えざる知的存在による働きかけがある、という事実が挙げられよう。

自然界の生成発展には自然霊(ネイチャースピリット)が関与しており、高級な守護天使の監督のもとに、妖精と呼ばれる、知的には進化レベルの低い原始霊(エレメンタリー)が直接的に働いている。

その組織を日本古来の思想の、天津神国津神の観点から考究してゆくのも、将来の興味の深いテーマであるが、ここでは人間界の営みだけに絞り、それにも霊的(スピリチュアル)と、心霊的(サイキック)の2種類が入り混じっていることを指摘しておきたい。

人間には五感以外に、”第六感” などと呼ばれる直感的能力があることは、昔から知られている。
最近では ”超能力” と呼ぶことが多いが、これは五感の延長上にあるもので、英語では サイキック と呼ぶ。

日本語ではとりあえず ”心霊的” という用語を当てているが、これが進化論的にみて必ずしも高度なものでないことは、動物や鳥類、昆虫などの方が、人間より発達している事実からもうかがわれる。


たぶん、人類もかつては動物と同じ程度に発達していたのが、知性と、それに伴う文明の発達によって退化したと考えるのが正しいであろう。
計算機を使うと、暗算能力が低下するのと同じパターンをたどったと、私は見ている。

これに対して背後霊が、日常生活の中で因果律の働きを計算に入れながら、本人の魂の成長にとってもっとも効率の良い指導をする、こういう関係を ”スピリチュアル” といい、日本語では ”霊的” という用語を当てている。

背後霊団の中の中心的存在はもちろん守護霊である。
これは、肉体上の親が遺伝子という血縁によって結ばれているのと違って、親和性という、霊的な血縁によって結ばれた集団 ― これを英語では ”グループソウル” といい、 ”類魂” と訳されている ― の一人で、かなりの進化を遂げてはいるが、物質界との業(カルマ)が完全に消滅しきっていない段階にある。
そういう霊が守護霊に任命され、地上の類魂の面倒を見ることになる。

ここで注意しなければならないのは、守護霊(ガーディアン)という用語は、人間側が勝手に当てているだけで、”守護(ガード)” という文字につられて、『何でも守ってくれる霊である』 と想像してはならないことである。

ステッドが指摘しているように、守護霊自身にもカルマがあり、地上の人間にもカルマがある。
それが独自に作用することもあれば、互いに連動して作用することもある。

その辺は、因果律が機械的・自動的・絶対的に働き、情緒的な要素の入る余地はないらしいのである。
確かに、人間界の悲劇を見ていると、それも納得がいく。

本章はいたって短いが、いろいろと示唆に富んだ、貴重な通信である。


~転載はここまで~