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スピリチュアリズムのBlog

スピリチュアリズムの日々の実践を心がけておりますスピリチュアリスト兼カウンセラーのブログです。生まれてこのかた無宗教です。またいかなる思想的団体とも関わりがありません。単独で活動することを信条としています

自殺した霊の告白 ケース1



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(ケース1 ― 公衆浴場で自殺した身元不明の男性の霊による通信)


1858年4月7日の夜7時頃。
パリの公衆浴場の中で、身元不明の男性が、自分の喉を切って自殺しているのが発見された。
死後6日経ってから、パリのスピリティズム協会で、この男性との交信が行われた。


ー 今、あなたはどこにいますか?

「わかりません…。 教えてください。
私はまだ生きているのですか…。 棺桶の中で窒息しそうです」


ー ここ(協会の交霊会)に来るよう、誰かに勧められたのですか?

「何か、ほっとしたのを覚えています」


ー なぜ自殺をしたのですか?

「では私は死んでいるのですね。 いや、そんなはずはない。 まだ体の中にいますから。
私がどれほど苦しい思いをしているのか、あなた方にはわからないでしょう。
あぁ、息が詰まる!
だれかそっととどめを刺してくれないだろうか?」


ー なぜ身元を確認できるようなものを何も残さなかったのですか?

「みなに見放されたからです。 苦しみから逃れようとして命を絶ったのに、これでは拷問だ」


ー ご家族は?

「私はみなから見放されたのです。 もう誰も愛してくれません」


ー 自殺を試みようとしている直前、ためらいはなかったのですか?

「とにかく死にたかった。 疲れ果てていたので、休息がほしかった」


ー 将来のことを考えて思いとどまるという可能性はありませんでしたか?

「もはや未来などありませんでした。 すっかり希望を失っていたのです。 希望がないと将来のことなど考えられません」


ー 絶命した瞬間、どんな感じがしましたか?

「よくわかりません。 私が感じたのは…。
だいたい、私はまだ生きています。
私の魂はまだ、肉体につながっているのです。
あぁ、うじ虫が私の食っているのが感じられる!」

(※ うじ虫がわいている感覚や、身体が腐っていく感覚は、必ずしも自殺者特有のものだけではない。 精神的に生きず、ひたすら物質的な享楽を求めて生きた人間が死んだ時もよく見られるものである)


ー 死が完了したとき、どんな感じがしましたか?

「死は完了しているのですか?」


ー 死んでいくときは苦しかったですか?

「その後ほどは苦しくなかった。
その時苦しんでいたのは、身体だけでしたから」


(カルデックの背後霊団のリーダー聖ルイへの質問)
ー この霊は死の瞬間は、そのあとほど苦しくはなかったと言っていますが、これはどういうことでしょうか?

「死の瞬間に、霊が、その生の重荷から解放されつつあったのです。 そういう場合には、解放された喜びのほうが死の苦しみに勝る場合があります」


ー 自殺した場合は常にそうなのですか?

「必ずしもそうではありません。
自殺した人の霊は、肉体が完全に死ぬまでは、(※ シルバーコードで)肉体とつながれたままになります。
それに対して自然死は生命からの解放です。自殺は生命を破壊することなのです」


ー 事故で不本意に亡くなった場合も同様ですか?

「いいえ。 あなたは自死をどうとらえているのですか?
霊は、自分のしたことに対して、責任を取らされるのですよ」


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