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スピリチュアリズムのBlog

スピリチュアリズムの日々の実践を心がけておりますスピリチュアリスト兼カウンセラーのブログです。生まれてこのかた無宗教です。またいかなる思想的団体とも関わりがありません。単独で活動することを信条としています

自殺した霊の告白 ケース4

■ 自殺をするとどうなるのか?


『自殺した霊たちの告白』トップページはこちら → 


(ケース4 ― 高学歴の無神論者の霊による通信)

JD氏は高等教育は受けておらず、骨の髄まで唯物主義がしみ込んでおり、神も魂の存在もまったく信じてはいなかった。
死後2年たってから、義理の息子の依頼で、パリのスピリティズム協会において、自動書記による交霊会が行われた。


― 招霊します・・・。

「うぅーん、苦しい! 俺は神から見放された」


― あなたのその後を心配するご家族の依頼を受けてあなたをお呼びしたのですが、こうしてお呼び立てすることがあなたをくるしめているのでしょうか?

「そうだ、辛い」


― あなたは自ら死を選ばれたのですか?

「その通りだ」


(書かれた文字はひどく乱れ、最初は怒りのあまり鉛筆を折り、(彼が憑依している霊媒によって)用紙も破いてしまったほどだった)


― 落ち着いてください。 私たちみんなであなたのために神に祈りましょう。

「なんだと? 俺に神を信じさせるつもりなのか?」


― どうして自殺などしたのですか?

「希望のない人生がたまらなく嫌になったからだ」



人生に希望が無くなった時、人は自殺したくなる。
あらゆる手段を講じて、不幸から逃れようとするのである。

だがスピリチュアリズム(霊実在論)を知れば、未来が開け、希望が戻ってくる。
自殺はもはや選択肢の中には入らなくなる。
そもそも自殺によって苦しみから逃れることはできず、かえってその百倍も厳しい苦しみの中に放り出されることがわかるからである。


― あなたは人生における様々な試練や不幸から逃れたくて自殺したわけですが、それによって何が得られましたか? 生前よりも幸せになれましたか?

「死んだあとに、どうして虚無が存在しないのだ?」


― できる限り、今のあなたの状態を教えてください。

「かつて否定していたことをすべて信じなければならないことにひどく苦しんでいる。 魂がまるで燃え盛る火の中に投げこまれたようだ。 本当に恐ろしい苦しみだ」


― なぜ生前、唯物主義者だったのですか?

「俺は前の過去生で意地の悪い人間だった。 そのせいで今生で俺はずっと "疑い" にさいなまれることになった。 そのために自殺したわけだ」



前世からの傲慢を引きずっている者、自らの過ちをしっかり悔い改めていない者には、直感的に霊界が存在することに気づくことが禁じられている。
それは、自らの理性によって、神の存在と死後の生命の存続を認めなければならないからだ。

しかし思いあがりが激しいばかりに、自分を超える存在を認めることができず、再び傲慢の罪を犯すことになる。
そしてひどく苦しむわけだが、その苦しみは、彼らが傲慢さを捨て去って、宇宙の節理のために膝まずくまで続くのである。


― 水中に沈んで、いよいよ死にそうになった時、いったいどうなると思いましたか? その瞬間にどんなことを考えましたか?

「何も考えなかった。 死後は虚無だと思っていたからだ。 後になって、これからずっと苦しみが続くのだということを知った」


― 今では「神も、魂も、あの世もある」ということがわかったのでは?

「あぁ! あまりにも苦しくて、そういったことはよくわからない!」


― お兄さんにはもう会いましたか?

「いや、会っていない」


― どうしてでしょう?

「なぜこれ以上苦しみを増やさなければならないのだ?  兄も俺も今は不幸なんだぞ。 再会は幸福になってからで良い・・・。 あぁ、なんということだ!」


― あなたが生前属していた団体には、生前のあなたと同じような考えをしている人々が多いようですが、彼らに伝えたいことがありますか?

「あぁ、なんと不幸な人たちだろう! 彼らがあの世を信じられるようになるといいのだが。 それが俺がもっとも望むことだ。 今の俺のことを知ったら、彼らもきっと考えを変えるだろう」


この後、JD氏の兄が呼び出される。
兄はJD氏と同じような考え方の持ち主だったが、自殺で死んだのではなかった。
不幸ではあったが、落ち着いていた。


― あなたは弟さんよりも落ち着いているようですね。 あなたがどのように苦しんでおられるのか、詳しく教えていただけますか?

「地上においても、自分たちの過ちを認めざるを得なくなったとき、自分のうぬぼれや慢心ゆえに苦しむことはありませんか?
『あなたは間違っている』とはっきり指摘してくる人の前で、身を低くしていなければならない時、抵抗を感じるのではないですか?
生涯、死後には何も存在しないと信じ続けてきた人間、しかもだれがなんといおうと自分は正しいと思い込んでいる人間が、『死後も存続する』と知った時、どれほど驚き、また苦しむと思いますか?
突然、輝かしい真理の前に投げ出され、自分が無であると感じるのです。
自分が恥ずかしくて消えてしまいたくなります。
しかもその恥ずかしさに、かくも善でかくも寛大な神の存在を、これほどまでに長い間忘れていたことに対する後悔が加わるのです。
これは本当に耐えがたい苦しみです。
安らぐどころか平安でもないのです」


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