スピリチュアリズムのBlog

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自殺した霊の告白 ケース6


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(ケース6 ― 前世で犯した罪の記憶にさいなまれて自殺した男の霊による通信)


カナダ銀行の支店の会計係であったアントワーヌ・ベルは、1865年2月28日に自殺した。
そして20年前から彼と知り合いで医学博士であり薬学博士でもある、カルデック氏の知人から、ベル氏に関する情報が伝えられた。

「ベル氏は物静かな性格で、子だくさんな父親でした。
しばらく前からベル氏は、自分が私の店で毒物を購入し、それを使って誰かを毒殺したという妄想を抱くようになりました。
やがて私の元を訪れ、私がいつ彼にどの毒薬を売ったのかを教えてほしいと言ってくるようになりました。
それから激しく落ち込むのです。
やがて夜も眠れなくなり、自分を責め、手で胸を殴るようにさえなりました。
彼は銀行で毎日夕方4時から翌朝9時まで、几帳面に、一度も間違えることなく帳簿をつけていたのですが、彼の家族はそんな彼の様子を心配していました。
彼が言うには、内部にある存在がいて、その存在が規則正しく帳簿をつけさせている、とのことでした。

ところがこんな理不尽な考えに完全に支配されるようになると、彼は私にこう言いました。

『いいえ、あなたは私をだまそうとしているのです。
私は覚えているのですから。
私があれ(毒薬)を買ったのは事実なのです』」



彼が自殺を図ってから約2か月後、パリで招霊された。


― 招霊します…。

「私に何をしろというのですか? 尋問でもするつもりですか? よろしい!結構です。 すべてを告白しましょう!」


― ちょっと待ってください。ぶしつけな質問をしてあなたを苦しめようなどと思っているわけではありません。 ただ今あなたがどんな境涯におられるのかを知りたいだけなのです。 もしかするとお役にも立てるかもしれません。

「もし助けていただけるのでしたら、どれほどありがたいか!
私は自分が犯した罪が恐ろしくてしかたないのです。
あぁ、私はなんてことをしてしまったんだろう!」


― どのような罪を犯したと思っていらっしゃるのですか?

「まず、私の心の中に希望の光を入れてくださったことに、感謝しなければなりません。

もうはるか昔のことになります。
今回の転生の直前に転生した時のことです。

私は南フランスの、地中海のすぐそばに立つ家に住んでおりました。
その時の私はかわいい女性と付き合っており、彼女は私の愛に応えてくれていました。
しかし私は貧しかったので、彼女の家族からはよく思われてはいませんでした。
ある日彼女から、大変繁盛している仲買人の息子と結婚することにしたと告げられました。
そうして私は捨てられました。
気が狂いそうなほど苦しんだ私は、結婚式の前日、相手の男への憎しみから、彼に毒を盛って殺したのです」


― それでその過去生でのあなたは自殺を試みたのですか?

「いえ、しませんでした。
希望が戻ってきたからです。
つまり、その娘と結婚できる可能性が出てきたのです。
私は心の中でひそかに喜びました。
しかし、罪の意識には勝てず、自首しました。
そして私は絞首刑となりました」


― 今回の転生においては、その過去生における悪しき行為の記憶はあったのですか?

「それを意識したのは最後の数年間だけです。
つまりこういうことです。
私はもともと善良な人間で、それはあの殺人を犯した時代もそうでした。
そしてこれが殺人を犯した霊にはありがちですが、犠牲者の最期の様子が頻繁に心によみがえってきて大変苦しかったので、私は何年もの間悔い改め、必死に祈り続けました。

その後私はまた生まれ変わって、別の人生を始めました。
それが今回の転生です。
私は平穏に、しかしおどおどしながら生きていました。
生まれつきの自分の弱さと過去生での過ちを漠然と意識していたのだと思います。
それは、潜在意識に記憶があったからです。

しかし、私が殺した男の父親が復讐心に満ちた憑依霊となって私に取り憑き、私の心の中に、あの過去生の記憶を走馬灯のようによみがえらせることに成功したのです。

憑依霊の影響を強く受けているときは、私は人を毒殺した殺人鬼であり、指導霊の影響が強い時には、子供たちのために一生懸命働いてパン代を稼ぐ健気な父親でした。
けれども、ついに憑依霊に負けて、自殺を図ったのです。

確かに私には自殺をしたという罪があります。
ですが、自分の意志だけで自殺を決行したのではなかった分だけ、罪は軽かったのです。

どうか、私のために祈ってください。
というのも、次の転生で私は再び、自殺したくなるような状況に置かれることになっているからです」



霊媒の指導霊の話)

「神は単なる口先だけの約束では満足しません。
実際の行為によって善に戻ったことを証明しなければならないのです。
そのためにこの霊は新たなる試練にさらされたのであり、この試練を乗り越えてこそ、より強くなることができたわけであり、また、勝利の意味も大きくなるのです。

彼は憑依霊につきまとわれましたが、彼が十分に強くなりさえすれば、憑依霊も離れていったはずなのです。
憑依霊の言うことに耳を貸さなければ、そそのかされても、自殺してしまうことはなかったでしょう」


この霊の話は、過去生で犯した罪の記憶が、警告として、また悔悟の思いとして、人につきまとうことがあるという事実を明らかにしている。
つまりすべての転生が関連しているということなのである。





地上生活を終え、肉体を離れたのち、私たちは自ら、もしくは守護霊を介して、自分の過去生を思い出します。

地上ではごくごくわずかな特殊な例を除いて、(確信が持てる程度には)思い出せないようになっています。
それは、この霊のケースのように、わかってしまったらわざわざ地上に転生してきた意味が無くなってしまうからです。
また霊媒能力のある人から、彼らのガイドや守護霊、もしくは本人の守護霊から、何らかの理由でわずかな情報を教えてもらうことができます。
けれども、ほとんど例外といっても良いと思います。

それから、霊たちの協力なく、特殊能力を発揮するサイキック(超能力者)には、自分も人の過去生も99、9999%見えません。
もし「わかった」「見えた」といわれたならそれは、インチキで、妄想によって創作されたものとみなして間違いありません。

そもそも地上に生まれてくる時点で、霊格が低い霊である証拠。
そして霊格が低い上に地上に生まれてくるということは、過去生は、思い出すのも恥ずかしかったり、苦痛で嫌なものだったはずです。
現世でも、誰もが自分が犯した過ちや失態を、少しでも早く忘れたがります。
過去生も同様なのです。
「忘れられる」ことは、あたかも大霊からの優しさや愛ともいえるような、霊に与えられている素晴らしい力の一つと私は思います。


繰り返しますが、今よりも立派で素敵な前世でしたら、ここには生まれてきていません。
しかも、前世と同じ過ちを犯す、欠点や短所は、今世でもすでに自覚できているはずです。
今の自分の悪いところを治し、自分をよりよく生きさせようとさえしていば、それはつまり、前世の失敗=カルマを消化しようとするのと同じことになります。
そして清算できるのです。
(しかもお金を払って他人にどうにかしてもらえる(カルマを解消してもらえる)ものでも決してありません!)

ですから、前世など、こだわったり、思い出そうとする必要はないのです。
もしも本当の前世なら、わかったとたん、嫌ですぐにでも記憶を消し去りたいほどの内容と思います。

また、そのようなセッションもいまだに多いですが、それはお金の無駄遣いだったり、暇つぶしのお遊び程度にしかならないことを承知の上で、お受けになられたほうがよろしいかと思います。


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