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スピリチュアリズムのBlog

スピリチュアリズムの日々の実践を心がけておりますスピリチュアリスト兼カウンセラーのブログです。生まれてこのかた無宗教です。またいかなる思想的団体とも関わりがありません。単独で活動することを信条としています

スピリチュアリズムと私。


こんにちは。

前回の記事、スウェデンボルグが語った言葉や死後の世界のお話 に関連して、本日2回目のUPです♪

これからしばらく、もしくは時々、エマニュエル・スウェデンボルグ 関連の記事を書いてご紹介していくつもりでいます。
というのも、

「私たちはいったい何者なのか?」
「なんのためにこんなにも住みづらい"ここ"で暮らしているのか?」
「なぜ最後まで寿命をまっとうしなくちゃいけないのか?」
「どうして自分を高める努力をしていかなければいけないのか?」

こうした疑問の答えは、スピリチュアリズム(霊実在主義・心霊学)の中にあると考えているためです。
そしてスウェデンボルグが残してくれた知識は特に、「使える」実用的なものが多いんですね。
霊界通信で高級霊たちもいろいろ教えてくれますが、「あっちの世界寄り」な知識が多いので、彼のよりももっと精神論的で概念的なような気がいたします。

けれども私は、スウェデンボルグという「人」の信望者ではありません。
彼の人柄や能力よりも、彼が残してくれた膨大な「死後の世界の情報」、的を突いた指摘や意見の方が重要で、また魅力も感じています。
それは同意や共感ができる部分が多々あるから、です。

シルバーバーチにしても同様のスタンスです。 実際の面識がない人に不用意に傾倒してしまうのは偶像崇拝に近い気がし、こうした賢者ほどそうしたことに困惑されるだろうと思うので。聖書も仏典もそうですが、記されている教えや知識は、熱烈な信望者たちが自分たちの印象や主観で、実際の人物像や言動を曲解したり誇張して書いている場合が少なくないように感じます。
そしてこれが、ますます、宗教を怪しげなものにしている原因の一つのような気がいたします)

けれどなにせスウェデンボルグは200数十年前の人。
しかもお目にかかったこともないかたなので、自分で確かめてみないことには、生前の彼についてのさまざまな意見の真偽をいったいどこまで信頼できるのか?

スウェデンボルグ自身も科学者であったことから客観視することを重要視し、頭から鵜呑みにしないかただったようですので、こうした私の用心深さ(笑)についてもきっと受け入れてくださるだろうな思います(というかそうであることを祈ります!)


******

とにかく、個人的には、死後の世界の実在とその成り立ちを知り、日々の生活の中で実践し活かしていくこと(スピリチュアリズム)が、これからの時代必要になってくるという予感と確信がしています。

ですが、スピリチュアリズムは、宗教 ではありません。
また、霊能力や特殊能力、神秘現象や秘儀に傾倒する、オカルト とも違います。
お金や権力、地位名誉名声は地上世界のもので、霊界では必要がないものなので、それらへの関心はありません。
少しでも自分自身を、霊的完成形に近づけさせること。
これが目指すゴールです。

ただ、死後の存続を「信じて」実践するという行為については、信仰と言えるかもしれません。
とはいえ、誰か特定の「立派な人物」を奉っては盲信的に拝むというものではありません。
もっと合理的理性的に関わろうとするのが本当のスピリチュアリストやスピリチュアリズムだと私は考えています。
(物事の真偽を確かめるということは、科学者のような、客観的な物の見方や判断をすることが不可欠と思いますし、心霊現象に関する情報はなおさら、そうした関わり方やスタンスが欠かせないと私は思っています。 そしてこうした "付き合い方" は、スウェデンボルグ自身を始め、上級のスピリチュアリストたちや霊たちも勧めたり言ったりしていることです)

スピリチュアリズムについては情報が氾濫しすぎて、誤った解釈や知識が、「本物」とされてしまっていることが多々あります。
またこれを利用した詐欺まがいな犯罪も増えていて、それがますます、スピリチュアリズムへの誤解と偏見・嘲笑さえも生み出してしまい、みなさんから遠ざけてしまっていることはとても残念に思っています。

ただ、とりあえずお試しでもよいので一歩踏み出し、図書館や本屋さんで霊界関連の本を手に取ってみて見て欲しいなあと思うんですね。
しかもその際、できれば、著者やその本が有名無名かに関係なく、何冊かを読み比べてみていただきたいなと思います。
そうすれば、だんだん知識の目が肥えてきて見分ける力がついてくるんじゃないかと思います。

孤独で寂しくて、将来が不安で。。。
私も以前はそうでした。
けれども今は違います。
目には見えない「何か」が、365日24時間(笑)、いつもそばにいてくれて、励まそうとしたり助けてくれているのがわかります。
これってほんとに心強いんですよ。
ピンチの時も心の中で「助けて!」と言うだけでも、不安や緊張が和らいだりすると思います。

そうしたことは、私も直接知覚できるわけではないのですが、もう自分の力ではどうしようもないところまで行って諦めたり観念していると、なぜか急に救いの手が差し伸べられたり、突破口が見えてきて好転し始めたり、ということが何度も起きまして。
最初は偶然か?と思いました。
何せ、疑い深さはでは数秘NO1の過去数「7」ですから、納得のいく証拠でもない限りは決めつけたり信じられない人ですので。
でもさすがに数十回といった頻度になりますと、誰か霊が意図的にそうしてくれたとしか、他に理由が考えられなくなります。
そして今では確信しています。


ちなみに、スウェデンボルグが残してくれたことと自分の経験を元に、霊出現のサインを書いてみたいと思います。

殆どの場合、善霊は自分の右側に、地縛霊や邪霊は左側にいる(スウェデンボルグ)

寒気、頭痛、吐き気、下痢、関節痛、肩こり、腰痛、不安、憂鬱や悲観、イライラ、怒り、不満、暴力、激しい衝動、ウソつき、欲情、といった邪念は、邪霊が側にいたり、けしかけている可能性がある。
部分的に身体がこわばって硬くなりやすい。
暴飲暴食、極端な偏食、摂食障害、中毒症も邪霊による影響が考えられる。
また腐った汚物のようだったり、生臭い悪臭、焦げ臭い匂いは、邪霊が放っている臭気である。
急に睡魔が襲うこともあるようなのですが、でもそれは善霊によるアプローチの場合もありそうです。

ちなみに存命中の人間が自分の嫌いな相手のことを考えていますと、その邪念は(つまり生霊)、こちらの両足のどこかに作用して突然怪我をしたり調子が悪くなったりします。
また顔の周辺には邪気やよどんだ気がつきやすいので、マメに洗顔することをお勧めします。
特に外出した後は必ず。


それから、善霊が側にいたり、メッセージを伝えようとしている場合、心臓のずっと奥の方から、温かい熱がじんわりと増してきて、しまいには胸の周りをふんわり覆うまでに広がります。
するとやさしさや慈しみ、血の通った温かいエネルギーが、歓喜を伴いながら、胸の奥のほうから沸き起こります
その際、目を閉じると、目の前に輝く光が現れることも。
ただたまに邪霊が悪戯でやっていることもあるそうなので、本物かどうかの見分け方は、すっきりとした爽やかさとかスッキリ感があるかどうか?かと思います。
重くよどんでいてぼわ~んとした感じがあるのは、未浄化霊などの低級霊っぽいです。

また、花、樹木の香り、お香、かぐわしいスパイス、焼きたてのパンのような良い香りがするとスウェデンボルグは言ってます。
ただ、これは一瞬で消えることが多いように思います。

パチッというラップ音も有名ですが、私の知るところでは、上級の霊が現れる時はラップ音はしないような気がいたします。
そういうことをするのはもっと人間に近いレベルの霊のように思います。
ただ、一瞬、ぱっと、空中が光ることがあります。

ちなみに、善霊に心の意識を向ける強さと、邪霊から受ける影響の強さは反比例します。
霊界では聖なるものが必ず勝ちますので、「不安やイライラも含め、嫌な感じ」がしてきたら、善霊や善霊の力を信頼し、頼りましょう。
その時、ネガティブな考えや感情をもたないことです。
怖がったり追っ払おうとすること自体も、これに当たります。
それらが少しでもあるうちは、邪霊もなかなか離れないだろうと思います。
徹底的に無視、思い出しもしない気にもしない、というのが一番!です。

ブレスレットやお守りも、邪霊たちには効かないようです。
なぜなら、どれも物質界のものだから。

お祓いもよほどの霊能師でなければ、自分で何かした方が効く気がします。