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スピリチュアリズムのBlog

スピリチュアリズムの日々の実践を心がけておりますスピリチュアリスト兼カウンセラーのブログです。生まれてこのかた無宗教です。またいかなる思想的団体とも関わりがありません。単独で活動することを信条としています

マイヤースの類魂説(2)ー 地上への転生の回数



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※下の本からお借りしました

前回の記事 の続きです。

F・マイヤースとは?(Wikipedia)

こちらの本からお借りしました。
人生は本当の自分を探すスピリチュアルな旅
(とてもおススメの本なのですが、どうやら絶版になってしまったようです 悲)


【魂の家族】 永遠の大道より

さきに私は、帰幽霊を大別して、「霊の人」「魂の人」「肉の人」 に分けたが、このうち、「魂の人」になると、大部分は二度と地上に戻りたいとは思わない。

が、彼らを統一しているスピリット(※類魂グループの中心霊)は、幾度でも地上生活を求める。
そして、そのスピリットが類魂同士の強い絆となって、進化向上の過程において、互いに反応し合い刺激し合うのである。

従って私が霊的祖先と言う時、それは肉体上の祖先のことではなく、そうした一個の中心霊によって私と結びついている類魂たちの先輩のことをいうのである。

一個のスピリットの中に含まれる魂の数は、20の場合もあれば、100の場合もあり、また1000の場合もあり、その数は一定しない。
ただ、仏教で言う所の "カルマ(宿業)" は、確かに前世から背負ってくるのであるが、それは往々にして、私自身の前世のカルマではない。
私よりずっと以前に地上生活を送った類魂の一つが残していった型を指すことがある。
同様に私も、自分が送った地上生活によって、類魂の他の一人に型を残すことになる。

かくしてわれわれは、いずれも独立した存在でありながら、同時にまた、いろいろな界で生活している他の霊的仲間たちからの影響を受けあうのである。

仏教徒が唱道する再生輪廻説、すなわち、何度も地上生活を繰り返すという説は、半面の真理しかのべていない。
この反面の真理は、往々にして完璧な誤謬よりも悪影響を及ぼすことがある。

私自身は、二度と再び、地上に現れることはないだろう。
が、自分と同系の他の魂は、私がかつて地上でこしらえたカルマの中に入ることになる。
ただし、カルマという用語を用いる時、それは従来のカルマと同じではない。
私は私としての王国をもっている。が、それすら大きな連邦の一単位にすぎないのである。

こう言うと、中には、「魂の人」にとっても一回の地上生活では十分ではないのではないかという人がいるかもしれない。
が、こちらで進化を遂げると、同一の霊系の魂の記憶と経験の中へと入り込むことができるようになるのである。

私はこの類魂説が一般的通例として規定さるべきであるとは言わない。
が、私の知る限り、私の経験した限りにおいて、それは断じて正しいと信ずる。

この説は天才のケースに適用した時に極めて興味深い。
われわれ以前に出現した霊は、精神的にも道徳的にも、当然われわれに何らかの影響を与えるに相違ない。
したがって、ある特殊な類魂の内部である特殊な能力、たとえば音楽的才能が連続的に開発されたら、最後にはその特殊能力が、地上の代表者の上に、顕著に表れるはずである。

すなわち、いくつかの前世中に蓄積された傾向が、驚くべき深層意識の情報となって、一人の地上の代表者の所有物となるのである。

次回に続きます。