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スピリチュアリズムのBlog

スピリチュアリズムの日々の実践を心がけておりますスピリチュアリスト兼カウンセラーのブログです。生まれてこのかた無宗教です。またいかなる思想的団体とも関わりがありません。単独で活動することを信条としています

「肉体の死の直後」ー "正しい" 死に方



肉体の死を迎えた時、魂は少しずつ、肉体から分離してゆく。
「カゴが開けられて小鳥がぱっと飛んで出て行くような調子で、霊が肉体から急に去って行くのではありません」(霊の書から)

生と死との境を行ったり来たりしながら、霊は少しずつ、肉体との絆(シルバーコード)を緩めていく。
一気に切断されることはない。
そして赤ちゃんのへその緒を切る時のように、シルバーコードを切断するのは、その人間の守護霊か背後霊だ。

「肉体の苦痛や抵抗が始まる前に、すでに霊が去っているということが時折あります。
そのような苦痛や抵抗は有機体としての生命の終末の反応にすぎません。
本人にはもはや意識はないのですが、わずかながら生命力が残っています。
しょせん肉体は心臓の働きによって動く機械です。
血液が巡っているから生き続けているだけで、魂はその肉体に存在する必要はもうありません」

物質界での生活で完全性を達成できなかった魂は、その後、新たな生活(幽界や霊界)での試練を体験することによって達成してゆくことになる。

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もしも死後の世界の知識(スピリチュアリズムの知識)があれば、肉体を離れた後に起きる戸惑いや混乱の長さも、魂の進歩の度合いで異なる。

この戸惑いや混乱期の長さは、スピリチュアリズムの知識のあるなしと大いに関係があり、その影響は膨大である。

地上生活中の誠実な生活と、その確実な成果さえあれば、戸惑いと混乱の期間は大幅に短縮される。

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死後、霊が霊界へと持って行くものは、地上生活の記憶と、さらに上級界に行きたい欲求(向上心)である。

その記憶には「地上生活をどう生きていたか」、「喜怒哀楽、どのような感情や感覚を伴う経験をしてきたか? 楽しさか?辛さか?」といった情報がたくさん詰まっている。

地上において、魂の浄化が進んだ者ほど、地上生活の習慣(概念も含め)の記憶や、遺してきたものへの執着が少ない。
そのため、より早く、そしてより上級界へと移動することができる。

界層を上昇するにつれ、霊体は徐々に浄化され、低俗な要素が消えていく。
そして魂がまとう体は純化され、より精妙になっていく(霊が浄化されていく)。

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自殺や事故で突然他界した場合、ショックで興奮状態になり、休眠できなくなる。
するとそのまま地縛霊になって、事故現場をウロウロと、たった一人で孤独にさまよい続けることになる(やがて我に返り、死を受け入れ、助けを求めると、天使や守護霊が現れて、導いてもらえる。 また生きた人間がその使者をなだめ、成仏を促す祈りをして、彼らを救うこともできる)

もしも死後も怒りや恨み、不満をもつと、そこを訪れた人間たちや、怒りの相手に害を及ぼそうとする。

なので、本当は休眠すべき。
休眠は、霊界に上がる、つまり成仏するためには必ず通らなければならないプロセスであり、休眠すれば地縛霊にはならないで済む。

休眠によって、心身を落ち着かせ、新しい身体、つまり幽体や霊体姿に馴染むことができる。
(肉体の使い方とエネルギー体の使い方は異なるので)
休眠の長さは個々の霊によって変わる。

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ダブル(魂の外皮みたいなもの)は、その天体(地球人の場合は地球)の大気中から摂取したエネルギー的物質で満たされている。
また、物質界の生活データもそこに刻み込まれている。

地上の生が終わり、肉体から離れる際、霊は身体的な苦痛を感じない。
むしろ、死の瞬間よりも、生きている間の方が、肉体の苦痛が大きいだろう。

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植物は単に有機的生命に過ぎず、生命はあるが、考えることはしない。
肉体は知性なしに生きていけるが、知性は肉体なしでは存在できず、知性と物質は全く別個のもの。
動物に知性が働くのは、霊との結合のせい。
知性の源とは宇宙的知性である。

生命がない存在・・・単に物質であって、生命もなければ知性もない。
生命はあるが思考しない存在・・・物質に活力原理が働いたもので、知性がない。
生命があって思考する存在・・・物質と活力、知性原理(思考能力のもと)を持つ。


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