スピリチュアリズムのBlog

スピリチュアリズムの日々の実践を心がけておりますスピリチュアリスト兼カウンセラーのブログです。生まれてこのかた無宗教です。またいかなる思想的団体とも関わりがありません。単独で活動することを信条としています

守護霊や邪霊たちとの関わり方について。


自分用にまとめたメモを元に書いています。
なおこれらの情報の参考文献はこちらです⇒ 

霊と交信を交わしてはならない時とは (霊訓下巻 インペレーター霊からの通信より)

■ 疲れがたまっている時
■ 体調が悪い時
■ 心配事がある時
■ 集中できない時
■ 気分が苛立っている時や滅入っている時
■ 興奮のあまり節度や理性が失われている時
■ 食事をとったすぐ後、眠い時や酔っている時(霊的な感受性の感度が鈍くなるので)

こうした原因が受け手である人間の精神の波長の乱れを招き、するとその隙を狙って「いまだ!」とばかり邪霊たち(地縛霊、低級霊)がつけ入りやすい。
すると彼らは、守護霊や指導霊たちとの交信を妨害したりもしくは守護霊になりすまし、あることないことを直感を通して吹き込んでは、からかってもてあそぼうとする。
(人間の直感のほぼ9割以上が、守護霊、指導霊、先に亡くなった知人の霊(時々)、支配霊、背後霊たちや、地縛霊などの邪霊によるものだそうです。場合にとっては動物霊も。人間の周波数に近い所にいることから、邪霊の方が人間に対して圧倒的な影響力をもつそうです)

守護霊…自分の天分を活かし、カルマの消滅や使命を全うするサポートをする。 その目的を完遂するために私たちを守ってくれる。ただしこちらの都合の良い頼み事や要求は聞こうとしない。 生まれてから片時も離れず、ずっと一緒についている。 自分が属する霊的世界の類魂の仲間。 生涯変わらない。

指導霊…天分を活かして使命や命を全うしようとする際、必要な専門的知識やアイディアを与え、助けようとしてくれる霊たち。 例えば著名なヒーラーであるハリーエドワーズにはパスツールが指導霊としてついてて、治療のしかたについて情報を与えていた。 指導霊は途中で入れ替わったり増えたりする。 必要が無ければ一人もついていない場合もある。
指導霊は、守護霊が許可しなければ、働きかけることができない。


チャネラーや霊媒に向いているのは、性格が円満で、聡明で賢く、生まれつき強い背後霊に守られているのと同時に、その指示に素直に従って行動できる人。
けれども、それも細心の注意と、誠心誠意の真心からの祈りの念をもって、事に臨まなければならない。

少しでも我や邪心が出てきたとたん、高級霊は、あっけなく去って行ってしまう。
(非情なのではなく、そのきっかけを作ってしまった本人がいけないのです)

なので、常日頃から、他者愛と感謝と奉仕の心で、自分の心の奥の奥まで浄化する習慣を進んでする人でなければ、軽い気持ちで、どんな霊であっても交流を試みるべきではない。
安易な気持ちで霊との交流に関われば、邪霊たちに、身を滅ぼされかねない。


邪霊に憑かれやすいタイプ(ということは、邪霊に邪魔されて、守護霊などの善霊と繋がりにくいということを意味する)

■ 人が嫌がったり、困らせて、苦しめるようなことをする人
■ ウソをついたり人を騙して利用しようとしたり、約束を破ったり裏切る、不実な人
■ 見栄っ張りでうぬぼれが強い人
■ 好奇心からや軽い気持ちで霊界と関わっている人
■ 無知蒙昧な軽率な人
■ 欲が深い人
■ 好色で色欲が強い人
■ 物欲が強く、欲張りで、食べ過ぎ飲み過ぎな人
■ 卑怯な人
■ おしゃべり
■ 乱暴で、話しかたや言葉遣いに品がない
■ 節度がない
■ 怠惰でナマケモノ
■ 興奮しやすい
■ 感情的で気分に左右されやすい
■ 衝動的で無軌道


これらの傾向がある人たちは特に、心霊体験と関わると危険だ。
なぜなら、地縛霊のような低級霊の格好の餌食になるからだ(インペレーター霊)。

善霊たちの守護がなくなったとたん、邪霊たちがやってきて、その人間に群がるのだそうです。
ご自分がゾンビのような集団に襲われたり、自分のオーラにべったりと食い込むように張りつかれている様子を想像してみてください。
と、善霊たちから見ると、それほどおぞましい光景なのだそうです。
(生前に犯した罪が重ければ、これは死後も続きます。ですが今度は実際に体験することになります。けれどそうして徹底的に償いと反省をしなければ楽園には行けないのです)

そうなると、さすがの守護霊も手出しできず、ただオロオロしながら、遠くから眺めているしかないそうです(もしも本人が気づいて改心しても、善霊たちはなかなか戻ってきてくれないか、あるいは二度と戻らないかのどちらかです)

やがてその人は邪霊たちのおもちゃや餌食になり、直感を通してそそのかされ、すると判断を誤ったり精神的に不安定になり、生活も心も荒み…。
と転落していってしまうのだそうです。

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パワーストーンのブレスレットですとか、魔よけのグッズ類は、全く意味を成しません。
なぜなら、私たちがいる物質界と邪霊や邪気の幽界とは、その界ごとの「物質」の実体がそもそも違うからです。
人間界の魔除けが、幽界の邪霊たちに通用するはずがないのです。
彼らを楽しませ、愉快がらせるのがオチです。

お経や呪文等ですが、これらについても、よほどの能力者(イエスのように天使や高級霊と会話ができ守護されているレベルの)ではない限り、邪霊たちには鼻にもかけられないそうです。
その霊媒師が人気があるとか有名だとかそれも関係ありません。

(結局、霊と言えども邪霊は、生きている人間と中身や性格は変わらないのです。 なので例えば自分の目の前でいきなりお経や呪文を唱えて儀式をされても、「何おかしなことをしているんだ?」位で、別にどうということもない、ということが想像できませんでしょうか。またそもそもが人格や生まれもった能力によるものですので、この世の血筋も家柄も関係ありません)

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邪霊たちにちょっかいを出すのを止めて欲しかったら、他の人間たちと同様、彼らと良い関係を築くことを心がけること。

つまり、怒りに任せケンカを売ったりなじったり恨むのではなく、人を苦しめずにはいられない邪霊の立場や気持ちに理解を示し、そのうえで離れてくれるよう、誠実に語りかけることです。
(肉体がないだけで、生前とほとんど変わらない個性や性格、発想を持ち続けています。 ですから他の人間と変わりなく、特別恐れることはありません)

むしろ嫌ったり憎むと、よけい邪霊たちを怒らせてしまい、状態を悪化させたり、さらに自分のオーラにしっかりと食い込ませてしまうのだそうです。

* *

もう一つ、邪霊に振り回されたり、憑かないよう、自分でできることがあります。
それは、自分の心をきれいにし、利他愛と知恵で満たすといった、心を磨いて高めようと努力をすること、です。
やはり、ここでも、相手の心情を(行為や態度の正誤を裁くのではなく)、受け止めてあげようとすること、つまり他者愛が欠かせないのですね。

そうしますと、まず、自分の守護霊との絆が、つまり距離がより近づきます。
すると守護霊の影響力がますます強くなり、その結果、邪霊たちが近づきにくくなります。邪霊たちから守ってもらえるので、妨げられることなく、自分の力を活かし使命の遂行を行えます。

なのでに日常のトラブルや心配事等、煩わされる問題も減り、窮地に立たされたら直感を通してアドバイスやチャンスをもらえ…、ということに。
(運を好転させ、良くするにはまず、自分を良くしなければ、根本的な解決にはならない、ということです。パワースポットに行く、グッズを買う、人にお祓いしてもらったりパワーをもらう、といった他力ではダメ、ということです。なぜなら運が悪い原因の多くが、地縛霊などの邪霊たちによるもので、それを引き寄せているのが自分の心の未熟さや汚れですので)



そして、守護霊を意識しながら自分磨きをすると除霊の面でもとても「良いこと」があります。
もしかするとこちらの方が価値があり(徳が高く)、重要な対処の仕方、かもしれません。

そういう邪霊たちにも、守護霊は必ず憑いています。
けれど、邪心でいっぱいの彼らには、自分の守護霊がすぐ側にいても、目に入らず、「心の中の」交流もほとんどしません。
ですから、邪霊たちは、なんの良心の「気づき」も「目覚め」も起きないのです。
邪霊たち自身が、自ら、良心に従おうとしたり、助けを求めなければなりません。
良心が目を覚ました時に初めて、天国へのトビラが開く仕組みです。

さて、もしも自分が憑りついたり、困らせている人間が、急に「善」に目覚め、自分を浄めて高めるための努力を始めたとします。
邪霊がどんなちょっかいを出しても、悪いことをさせようとそそのかしても、その誘惑には負けません。

すると、そうした純粋で献身的な人間の姿を見た邪霊は、どう思うでしょう?
ちなみに、霊的な存在になると、他者の心の声や、その心の純粋性が、まるで自分のもののように感じられるのだそうです。
つまりそっくりそのまま、「移る」んですね。

霊といえども、地縛霊はまだまだ人間的な存在です。
ですから、邪霊たちも、「おや?」と気づきが起き始め、だんだん良心が芽生えてきます。
そして、「俺はいったい何をしているんだ?」と後悔し始めると、天使や守護霊が現れます。
そして邪霊に語りかけ諭し、納得すると天国(幽界の上界)へと連れて行ってくれるそうです。
邪霊にしても、その方が、このまま邪霊でいるよりはずっとずっと幸せなんですね。

かくして、自分の魂を清浄にし、向上させる努力をすると、自分も守護霊も、そして邪霊たちさえも救うことになります。 邪霊についている守護霊も喜びます。
そして、そうなるためには、エゴや我を無くす努力が欠かせず、それにはただ、奉仕の精神や行為があるのみと、脇先生もおっしゃっています。

それから最後に大事なことを。
そうは申しましても、憑依霊や地縛霊について、あまり心配したり気にかけてしまうと、霊的親和力の法則によって、ますますそうした霊たちが自分に憑きやすくなります。
霊感が強い人も同様だそうです(インペレーター霊)。

ですので、ここでインパクトのある話を長々と書いていますが、それで怖がったり気にしすぎると余計に引き寄せてしまうのでご注意を。

それよりも、なぜ心を高めることが大事か、そのきっかけや理由として、こうした情報を利用していただければなと思います。

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最後に、余談になりますが。
霊訓の中でインペレーター霊が、モーリスに、霊媒としてどういう心がけであるべきかを教えるくだりがあります。

・情愛に溢れ、寛容性に富み、誠実で、我を出さず、真理を素直に受けいれる博愛主義者である
・一途に真理(の仕事)に献身すること
・一切の地上的打算を忘れること
・常に平静で、頼れる、誠実かつ一途なる哲学者の心をもつこと
・報酬を求めない、無欲であること


するとモーリスが、

― でもそれでは完全な人格を求めることになります。  

と反論します。
それに対するインペレーター霊の答えです。

「何と! これをもって完全とな?

そなたは "完全なる霊" がいかなるものか、皆目知らぬ。
知り得ぬのである。
想像する事すら叶わぬ(※人間になっているから、だと思います)

ここに述べた資質は、そなたらの用語にして、表現し得るかぎりのものを述べたにすぎず、(これでも)まだまだ完全にほど遠い。
これより成就し得る完全さを想えば、漠然と、"それらしき"程度のものに過ぎぬ。

そなたら(人間)には完全は有りえない。

死後になお、不断の進歩と発達と成長が待ち受けている。
そなたらの描く完全性も、我らの霊眼をもって見れば、欠点によって汚れ、曇らされているのである」

これを読んでいても、高級霊と交信する(対等に会話ができる)人はまず皆無だということがわかります (歴史上の有名人や神様を名乗って語る霊は99%邪霊であり、それを疑いもしないで語る霊媒やチャネラーはその邪霊たちに憑りつかれ、支配されている可能性があります。 まずは疑ってかかりましょう)

それから、そうはいっていても、「そのような人間はまずいない」ということをインペレーター霊たちもわかってはいるそうです。
けれども彼らは別に「完璧(な人)」を求めているのではなく「誠実さと一途な向上心、捉われなき受容性に富む精神、清純にして善良なる心の持ち主」であればとりあえず合格で、大事に育ててゆきたいのだそうです。

そしてさらに 「辛抱強く待て。 性急は恐ろしき障害となる。 自分の手の届かないような物事への過度の用心と不安を捨てよ。 我らに任せよ」とモーリスを諭しています。

これはおそらく、ほとんどの守護霊たちが人間たちに伝えたいことかもしれません。