読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

スピリチュアリズムのBlog

スピリチュアリズムの日々の実践を心がけておりますスピリチュアリスト兼カウンセラーのブログです。生まれてこのかた無宗教です。またいかなる思想的団体とも関わりがありません。単独で活動することを信条としています

霊界から見た「痴呆症」の仕組み。



今日も名著、「個人的存在の彼方」のF・マイヤース霊からの通信メッセージを参考にさせていただきたいと思います。

f:id:kabbalah-suuhi358:20150921210813p:plain f:id:kabbalah-suuhi358:20150921210824p:plain
霊界から通信してきたマイヤース氏と、それを受け取った自動書記霊媒カミンズ女史


フレデリック・マイヤースとは?(Wikipedia)

お借りした本です。
個人的存在の彼方 (全訳) J.カミンズ著 E・B・ギブス編 近藤千雄訳
※こちらの自費出版でしか入手できません


【老人性痴ほう症】

年とともにもうろくしてゆくその兆候を考察するに当たってまず認識しておかねばならないのは、その老人はすでに、大半を霊界で過ごしているということである。

その潜在意識はかならずしも、半醒半夢の霊に憑依されているわけではないが、潜在意識と脳のつながりが稀薄になっているために、いわば空き家になっている脳が周囲のさまざまな思念の侵入を許しているのである。
かつては知的でしっかり者だった人が、取り止めもない訳の分からないことを口走るようになるのはそのためである。

その老人の意識は実質的には中間境("死んだ"直後から、霊界に行くまでの間、一時的に生活する場)にあり、潜在意識のごく一部が、脳ではなくて、身体機能を維持するための神経中枢と連絡を取り合っているだけである。

従って、そういう老人を "もうろくした人間" と呼ぶよりは、"肉体から分離した霊" と呼ぶほうがふさわしいかもしれない。

ある意味ではすでに死んでいると言っても良いのである。

三途の川を渡りながら、肉体のみが地上に残っている。
その肉体に、知的生活を与えた "ことば" はもういない。
(※訳注- 「ことばが肉になった」という、ヨハネ伝の文句から)


(後日追記)

同じく、マイヤース霊からの通信記録である、永遠の大道にさらに詳しい様子が書かれていましたので、追記いたします。
永遠の大道 J.カミンズ著 E・B・ギブス編 近藤千雄訳

※この本はこちらの自費出版でしか入手できません。また浅野和三郎氏の翻訳本も出ていますが、明治大正の古い日本語で書かれているのと所々抜粋&改変されているようなので、もし読まれるのでしたらこちらの近藤先生訳の方をお勧めいたします



P128 【脳の老化と自我】

老齢とともに脳の機能が衰えてくると物忘れがひどくなったり、事実の前後関係が把握できなくなったり、理解力が衰えたりする。

こうした老化現象だけを見ていると、死後の生命の存続が信じられなくなるのは無理はない。

つまり、やはり人間は脳こそが自我であって、それが衰えるとこんな哀れな状態になるのだと思いたくなる。

しかし、その結論は間違っている。

二本の太い生命の糸(シルバーコード)のうちの、脳とつながった一本がすり減ってきて、最悪の場合はプッツリと切れてしまい、魂が日中の覚醒時にもダブルの中へ引っ込んで、脳との連絡が取れなくなっているのである。

ただ、もう一本の、太陽神経叢とつながっているコードと、他の何本かの細いコードがつながっているため、身体上の機能だけは維持されている。

これでお分かりの通り、一見すると痴呆的な症状を見せていても、その魂は少しも惚(ぼ)けてはいない。
脳の機能との連絡が衰えているだけで、自我の本体はダブルの方へと止むを得ず移っているのだから、少しも哀れに思う必要はない。

f:id:kabbalah-suuhi358:20150921210503p:plain


f:id:kabbalah-suuhi358:20150921210628p:plain