スピリチュアリズムのBlog

スピリチュアリズムの日々の実践を心がけておりますスピリチュアリスト兼カウンセラーのブログです。生まれてこのかた無宗教です。またいかなる思想的団体とも関わりがありません。単独で活動することを信条としています

いい加減な霊媒(チャネラー)に苦労した霊の話



スピリチュアリズムの普及や浸透が、一つの分岐点に差し掛かってきたように感じています。

今までは、この知識を社会全体に知らしめ、昔からある強い偏見や抵抗感を薄める。
次に、スピリチュアリズムに興味をもった人たちが好奇心から知識を深め、その後会話やネットを通じて情報を拡散させる。
といった段階だったと思います。

そのおかげで、20年程前と比べ今は格段に、スピリチュアリズムについて自由に語り合えるようになったと思います。
完全に変わったわけではありませんが、けれど以前のように、心霊に関する話をすると「変な宗教でもしているのではないか?」「騙されるのではないか?」といった強い拒絶はされなくなってきている気がいたします。

ただ、急激に情報が(しかも表面的な解釈で)拡散してしまったのと、基礎ができていないのにも関わらず"スピリチュアル"という名目を使ってビジネスを始める人たちが急増しました。
さらには、カルトな組織がスピリチュアルブームに便乗し、言葉巧みに信者を獲得したり荒稼ぎしているといったトラブルや事件は後を絶ちません。

そこで昨今はその自然淘汰が始まっているように思います。
一度、整理整頓し、不要なもの有害なものはできるだけ取り除き、純化させ、精度を高めなければ、次の段階に進めないからだろうと思われます。
何を礎にして進めていくか。
何ごとも、基礎(起点)とするものの中身は大事ですので。

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修業の方法の中に、反省があります。
シルバーバーチも幾度となく言っていたように、日常的に反省を行うのはとても大切です。
自分の心や態度を、善良な目で公正に観察し、正すべきところは素直に認め、真摯な態度で正していく、というのが反省(内省)です。
そして反省や内省なくして、霊性の浄化や向上など、ありえないと、私は断固そう思います。
等身大の自分を謙虚に内省することで、自分はまだまだだと気づくから、「もっとがんばろう」という意欲や向上心に火が着いて、そして少しずつ進化成長をしていきます。

うぬぼれや自己過信とその先に生じるウソやごまかし・虚実と、本物の謙虚は、私は裏表でワンセットと思います。
もしもそれがきちんとできていれば、自分から安易に、スピリチュアル○○といった肩書きなど、つけようとか名乗ろうといった発想はそうそう出てこないはず、と思います。
(全員が、そう名乗るのはおかしい、と申し上げたいのではありません。 中にはそうした肩書にふさわしい活動をされている方たちもいらっしゃいます)

またモーリスの霊訓やカルデックの霊媒の書(霊能力者のためのガイドブック)でも出てきますが、こうした能力を使うと、通常は、大変体力(エネルギー)を消耗します。
ハリーエドワーズほど、突き抜けた能力者ではない限り。
また、経験豊富で熟達した霊能でない限り、そこに行きつくまでの段階では、感受性が過度に敏感になるため、特に親交のない人たちと交わることは、ダメージや消耗が激しいです。
ですから、なるたけ見知らぬ場に出かけたり、人に会うような状況や環境から距離を置くことで、「他の人間(の放つエネルギー)から刺激を受け」て興奮している自分の幽体を落ち着かせて静め、安定させないでいますと、精神や体調のバランスを崩しやすくなってしまいます。
もちろん、能力も低下してゆきます。
ですから俗にいう、商売繁盛、からは自然と程遠くなってしまうのです。

といったことから、結果的に霊格の高い霊能者ほど、地上のビジネス感覚とはかけ離れた、仕事の仕方、をすることになります。
そこでよくありがちなのが、こういう図式かな?と思います。
人の役に立ちたい=無料か安価で行う=生活が成り立たない=セッションの数を増やす=自分が消耗する=善霊による背後霊たちが離れていく=邪霊たちが集まってたかる=人生の破たんもしくは仕事の挫折。

(スピリチュアルな仕事とお金の関係がよく取り沙汰されますが、個人的はとても不思議に思っています。 
「どうしてそんなに先々のことを心配したり、無駄を省いて質素な暮らしをすることを恥ずかしがって、人目や世間体を気にかけるんだろう? 真面目にやっているのに活動が上手く行かなくて不安でしかたないなら、それは自分にそこまでの力も使命もないという証拠。 ならそれ以上事態を悪化させないためにも、早く別の道へと進んだ方がいい」というのが私の意見です。

なぜなら本物の霊能者でしたら、そもそも自分の仕事(霊的真理普及)の内容が最優先事項であり、収入の少なさや孤独になることなどで悩まないはずだから、です。
また、これしきのことで悩んでいたら、その先に待つ、使命のある霊能者に与えられたもっと大きな試練に到底打ち勝てないだろう、潰れてしまうだろうとも思います。

真理の普及者としての霊能者としてすべきこと(使命)をきちんと守ってさえいれば、商売上の収益を挙げることなど心配に及ばないということが、経験上、わかるはずです(これは必ず、本人の霊感を通して背後霊から直接伝えられているはずです)


そのようなこの迷いへの答えは簡単です。
シルバーバーチもおっしゃってますが、すべては、なぜそのようにお金を欲しがるのか、動機の中身が重要なんですね。
たとえばへき地に学校や病院を建てたいから、だから大金が必要という風に、もし明確に利他愛や奉仕の精神に基づく金銭欲であるのなら、むしろ善霊たちは喜んでそれを助けようとしてくれます(その代わり、必要な額だけ。 余分には与えません)。

そうじゃなく、自分の生活を良くしたい、自分のためにしかならないようなことをしたくて金銭にこだわるのは、霊界的には動機が不純ですので、「いけない」 ということになります。

動機(心の奥)を純化していくと、すべてがシンプルになり、周囲とは発想も生き方も持ち物の格好も、どれもが、世間の常識や人たちと異なってくるはずです。
けれどもそれが、他の人に迷惑をかけることはないはずです。
また、流行やセンス、ブランド、高級感、価格よりも、着心地の良さや使用感、機能性、清潔感で満足できると思います(そもそも心が純化されてゆきますと美的感覚も鋭くなるので、いわゆる「だらしがなくて変なデザイン」の服は選びませんし着ません)。
すると無駄遣いしなくなり、大金も必要なくなります。
もちろん、他人の目(=その人の好みや感覚)なども気になりません。

時々、スピリチュアリストであっても、もっと稼げるようにならなければいけないというお話を見聞きしますが、私はそれはその人の霊的進化を妨害しようとする、低級霊もしくは邪霊たちのささやきだとみなしてます)


とはいえこちらでも書きましたが、生まれ持った能力(サイキック)と、自らによる徹底的な浄化と向上ができれば、生活に困ることにはなりません。

病気にもなりにくいですし、よからぬ人たちと関わってトラブルにも巻き込まれることもめったにありませんし、不注意による怪我や損失もめったにありません。
と同時に、まともにご飯が食べられないとか、住む場所がないなど、物理的に生命の危機的な状況に陥りそうになると、そうはならないよう、霊界からの援助の手が差し伸べられます。
これは私自身が経験してきたので、断言できます。
ですがそんな風に生きたことが無いかたには理解に苦しむことだろうと思います。

スピリチュアルに関わる活動をしながら、そもそも、お金に関することが思考の大半を占めるなら、それではまともなスピリチュアリストにはなれないと思います。
心の純粋性、利他愛、理性や分別の向上さえ真摯に心がけ、日々実践しようとしていたら、そうした行為や発想が例え世間から理解されなくても(生前のイエスのように)、いずれそれがどれほど素晴らしく価値ある行為だったかが、いずれ分かる時が来るはずです。


前置きが長くなりました。

今現在、スピリチュアリズムの情報や活動家は玉石混交状態になっています。
なので霊界側は、これからそうした人材や知識を見直し、ふるいにかけるのと同時に、より本物を表に引き出すことで全体の質を高めていこうとしているように感じます。

プラス、知識を増やす段階はもうおしまい。
今はもう、実践の時代に入っています。
スピリチュアリズムの知識や生活を、実際の生活に使い、活かしていくこと、です。

本物を目指し、霊性を豊かに向上させるほうか。
それとも地上基準の「世間に恥ずかしくない人並みの生活」を得ることを優先させるか。
どちらの道を選んでもご自分で下した判断の結果は、(主に地上を離れた後で)ご自身の身をもって体験することになる(自己責任ということです)ということを前提に、ご自分がしたいように、望まれるほうへ進まれればよろしいかと思います。

それではこちらのご本から一例をご紹介させていただきたいと思います。
■ 500に及ぶあの世からの現地報告 - スピリチュアリズム普及会
※こちらの本は自費出版されていますので、リンク先でしか購入できません


【いい加減な霊媒に苦労した霊の話】
※所々省略またはまとめ直しています

あの世からの通信には、なぜ矛盾や曖昧があるのだろうか?
ある交霊会ではなぜひどく失望させられることがあるのだろうか?

いい加減な霊媒師(※チャネラー、霊能力者も含む)の欠点が懐疑論者によって暴露され、徹底して笑いものにされ、結果的には霊媒の語ることがすべてウソとして片づけられることもある。

霊の言う所によれば、あの世から地上にメッセージを送るに際しての困難は、相当なものらしい。

アルフレッド・ヒギンス(ブライトンの絵描きで装飾家。 ハシゴから落ちて死んだ)ほど、地上のいい加減な霊媒のために苦労した霊もめずらしい。

彼は地上にいる妻に向けてメッセージを送ろうとする。

「ある日私はスピリチュアリストの教会に連れていかれました。

そのとき私は、自分も妻にメッセージを送ることはできないものか、と思いました。
もちろんその時は妻はそこにいませんでした。

それで私はまず彼女を教会に行くように仕向けました。
妻の所に行って、スピリチュアリスト教会へ出かけるように印象付けをしたのです。

ある夜、私はその教会にいました。
何日も前から妻に働きかけていましたので、その晩、彼女がこの教会にやってくるとわかっていたからです。

妻は教会の後ろの方に座り、霊媒は、一段高い、壇上にいました。
その女性霊媒は、とても善良そうな人でした。

彼女はそこに集まった出席者が喜びそうなことをしゃべり続けました。
しかし、彼女の霊能力はそれほど優れてはいなかったので、こちら(※霊側)の意図を、正確に伝えることができるとは思えませんでした。

妻の番が来て、霊媒が彼女に「ありふれたメッセージ」を語り始めた時、ダメだ、どうにかして本当のメッセージを入れなければ、何とかしなければ、と私は焦りました。

それで狂ったように、霊媒に向けて、意識を集中させました。
すると彼女は私が送った情報をキャッチしました。
"ハシゴ" のイメージを送り、それを受け取ったのです。

「あなたの運勢がこれから良くなるのかどうかわかりませんが、あなたには、ハシゴのイメージが見えます」と妻に言いました ― そうだ、その調子だ!と私は大声で叫びました。

すると妻が、「私はハシゴに関係のある仕事をしています」と言いました。

それを聞いて、霊媒(の意識)は再び混乱し始めます。
そこで
「あなたにとって、とても良いことが起こりつつあるような気がします。
あなたがハシゴを上っていくのが見えます」
といったのです。

何て愚かな霊媒なんだ、とは申しませんが、それが彼女の受けとめ方、理解のしかた、だったのです。

私は次に自分の名前をイメージで送りました。
すると妻が
「ようやくすべてがわかりました。 私の主人はハシゴで死んだのです。 主人の名前はアルフでした」と言いました。
(※つまり、奥さまの方が、霊媒の言葉に惑わされることなく、ご自分のカンを働かせて察してくれた、ということですね)


そこでは、シンプルな伝達だと通信は上手くゆくけれど、ただ霊媒がそれを正確に "通訳" できるかどうかは別だということがわかりました。

ではどうすればもっと明確に、自分がこの場にいることを妻に告げられるのか、考えました。
そしてこんなイメージを霊媒に送ったのです。
「あなた(妻)が身に着けている指輪は私が贈ったものではない。同じ指輪ではない」と。

これはどういうことかと申しますと、実は妻は結婚指輪を失くしてしまい、そこで私に内緒で、別の指輪を買ってはめていたのです。
私は霊界に行ってから初めて知ったのですが、とにかくこのことだったら、妻の心を動かせるのではないかと思いついたのです。

霊媒から告げられて、妻は真っ青になりました。
そこで
「もしや彼はそれに気づいていたのでしょうか?」と聞きます。

それに対して、女性霊媒は、適当なことを言いました。
彼女は、
「奥さん、あなたはそれがご主人の存在を示す証拠であることはおわかりでしょう!」
と、答えになっていない答えを返したのです。

そしてその後も引き続き、その霊媒は「適当に」やっていました。
この霊媒はその夜、さぞかし気分が良かったことでしょう。

(※それだけでなく、この霊媒は冒頭でも妻が成功の道を歩んでいると勘違いしていたのに、その後の妻の返事に合わせ、今度は「それはあなたの夫のことです」と知らん顔してすげ替えています。こうして出席者には本当のことがわからないということを利用して、言葉巧みに煙に巻いてごまかし、いい加減なことを伝えている霊能者がどれほど多いことでしょう)

霊能者の中には大変誠実で善良な人たちもいらっしゃいます。
けれども半数以上が、人格的には未熟です。
霊的に進歩・成長していないのです。
そして彼らの語る内容の多くが、彼らの想像の産物にすぎません。

本物の、霊界からの通信は極めて少ないです。
それどころか、彼らは頻繁に、有害となることもしでかしています。


最後に。
こうしたこと(内容の有る無しや事実かどうかは関係なく、人前で堂々と言った者勝ち・目立った者勝ちのような)は、霊界通信だけに限らず、スピリチュアル系や自己啓発のセミバーやセッションで語られる話にも、同様のことが当てはまる気がいたします。

数秘で申しますと、特に「11」という数字をお持ちのかたは要注意です。
この点でいつも頭によぎるのは、あの小保方さんの一件です。

彼女は過去11-現在11―未来8さんという、もう典型的な11さんでした。

最初の会見で鮮烈なデビューを果たしてすっかりアイドル化した彼女のトリコになった人たち(特に、専門外の素人の女性たち)は、その後問題が発覚してもそれでも彼女に同情し、かばおうとすらして。
大勢の人たちが、集団催眠にかけられまるで取り憑かれたように彼女へと惹きつけられ、またそうした世間の反応を受けてマスコミもおかしな報道をしていた、という異常さ。

ということであの事件も、11の"伝達者"、そして"カリスマ性"といった能力や特徴が極端に負の方へと振れてしまった、ヌメロロジストとしても忘れられないものになりました。