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スピリチュアリズムのBlog

スピリチュアリズムの日々の実践を心がけておりますスピリチュアリスト兼カウンセラーのブログです。生まれてこのかた無宗教です。またいかなる思想的団体とも関わりがありません。単独で活動することを信条としています

亡くなった直後の父の動揺。

■ 死んだらどうなるのか?


かねてから予定していたことが昨日ようやく一区切り。

どうしてもお盆前までに済ませたかったので、まぁギリギリにはなってしまったけれど、それでも何とか間に合わせることができた。
そしたら何だか、集中の糸がぷつんと切れたというか、脱力。

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少し前から、スピリチュアリズム(心霊学、霊実在主義)関連の記事ばかりを猛烈な勢いで書いていた。

そのきっかけになったのは、大事な人が、病気で死の淵をさまよっていたことだった。

そこでもう一度、死後の世界に関する知識を細かな部分までチェックして、整理したり、新たな知識を増やしたいと思った。

その人自身は、むしろこういう類の話題を嫌がる人。
長年の付き合いでそれを良く知っているので、今でも話さない。
本人からそうした話題を振ってこない限りは、知らん顔して黙っている。

けれど内心では、「死んでからどうすればいいのかを知っておいた方が絶対にいいのに!」って思っている。
ホントは自分が知っている限りのことを教えてあげたい気持ちでいっぱいなんだけれど、でも誤解され拒否されたり不愉快にさせたくなかったので、一言も言わない。

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死後、スピリチュアリズムの知識が無い人は、まず、パニックを起こす。
それを抑えてあげられるのは、指導霊や背後霊じゃなく、身近にいる人間たちによる語り掛けや祈りだったりする ⇒ 
(それは、死んで間もない霊の意識は、霊界の波動よりも、長年住んでいた地上の波動の方がたやすく交流できるからだ)

私の父もそうだった。
死んだ直後、父の、ものすごく強い興奮やパニックの情動を感じた。
亡くなって3日後の本葬までその感覚は続き、私自身まで興奮して、ずーーーーっと大泣きをしていた。
ずっと一緒に暮らしてた他の家族は誰も冷静だったのに、生前の父とは全くの犬猿の仲だった私だけが号泣していて、その様子をみんな不思議そうに眺めてたほどだった。

けれどその涙は実は、後悔とか寂しさとか、哀しいからだったわけじゃない。
父の精神状態が移っていた、つまり憑依していたのだと思う。

死後の父は訳もわからず困惑し、しかも悔しがっていた。
病気のせいで家の中に引きこもり、何年ものあいだ、心と身体の苦痛に耐え忍んで生きていて、そしたら最期は突然の発作で教われ、七転八倒の苦しみの末、亡くなった。
あんな不合理な死、それはさぞかし悔しくて、泣きたくなるほど怒り狂ってただろうと思う。
自分のことはほとんど語らず、感情もあまり露わにせず(かんしゃく以外は)、家の中では影の薄い人だったけれど、父なりに懸命に生きていたことは間違いない。
次男坊だった父は早くに実家を出、熱心に働いて稼いだお給料のほとんどを家に送金し、10数人の大家族の家計を長いこと支えていた、そんな人だった(ここは33だなと思う)

とにかく、父の状態が尋常ではないことが「わかった」ので、このままにしておくのはまずい!と思えた。
そこで、祈りを始めた。
とはいえ、何をどんな風にすればいいのか、わからなかった。
すると次の瞬間、「昇天する様子のイメージを送りながら、『落ち着いて』と穏やかに声をかけてなだめればいい」という考えが、頭の中に閃いた(昇天のプロセスだけは知識があった)。
そしてその通りにした。

とはいえ、半分、これは私の妄想なのではないか?と疑う気持ちもあった。
けれど、かつて、戦争で無念の死を遂げた死者の霊に憑依された時も、自分の意志とは関わらず、声をあげて号泣していたことがある(私自身は驚いて、怖いよー!と叫んでで、呆気にとられて見ている周りの人たちに助けを求めていた)。
まさに、身体を乗っ取られたような状態になっていたのだ。

父もまた無念で、そして死が受け入れられなくていた。
その想いが私にも伝わって、神経を興奮させてしまってて、だからあんなに泣きじゃくっていたのだろうと思う。
(止めようと思えばできた気がする。 けれど、苦しむ父に同情する自分もいて、なので今はしたいようにさせてあげたいと思った)

とにかく、ひまさえあれば、父に語りかけた。
そして火葬している最中、その側に行って、一人でぼーっと炎を見つめながら、でもその時もまだ、しゃくりあげながら号泣していた。

ところが、しばらくしたら、ぴたっっ!と、急に気分がスッキリしてまったく「泣きたくなくなった」。
涙が一滴もこぼれない(ちなみに、自分はそこまでしたくなるほど悲しくはなかったのに、泣きたいわけでもなかったのに、身体が勝手に泣き続けていた。 なので、気分や考えに変化が起きて、泣くのを止めたわけじゃない。 自分の意志に関わらず、あっけないほど自動的に止んだ)
と同時に、「もう大丈夫」と誰かに言われたような気がした。
すると、打って変わって、晴れ晴れとした、とてもさわやかな気分になった。
そして「説得の」テレパシーを送るのも止めた。

何となくだけど、49日までは、そのままそっとしておいた方が良い気がしたので。

****

そうして1か月も過ぎた頃。

笑顔の父が見えた。
そこで、あぁ無事天国に行けたのだなぁと思った。

で、それからは時々、元気にしてる? どうしてる?って、父に語りかけている。
けれども、"何も聞こえてはこない"けれど。

ただ、そうやって時々思い出して話しかけてあげることが、生前全くしていなかった親孝行を、今さらながらしているようにも思えて、なので続けてきた。

ただ、亡くなって10年が過ぎて、なんとなくだけど、父はもっと遠くまで行けた気がして、なのでその足を引っ張らないよう、思い出して話しかける頻度は、昔よりもかなり減った。

****

そんなこんなで今から5年ほど前に、ひょんなことから、イギリス人霊媒ジェフリーヘイワードさんのミディアムシップ(交霊)を受けた

その時、ジェフさんに、上で書いたことをすべてを指摘されたのだ。
もちろんジェフさんには、私の誕生日はもちろんのこと、名前すら教えていない。
(主催者(個人)のかたには、名前と連絡先だけは伝えてあった)

また、こちらからの質問は断られ、矢継ぎ早に語られることにうなづくのが精いっぱいな、マシンガントークだった(そうすることで、信ぴょう性を高めようとしているらしい)。
なので、誘導されて、私がヒントをあげたのでもない。
ましてや誰にも話したことがない。
言ったところで、頭がおかしいとしか思われないだろうと思っていたし、別にわざわざ人に話すことでもなかったし。

けれどジェフさんは、「あなたのお父さんが教えてくれている」と言ってらした。
そしてそれは素直に信じられた。
なぜなら、このことを知っているのは、父しかいないはずだったから。

その時の感動は忘れられない。
また、父は「とても動揺しパニックを起こしてた。祈りのおかげで無事に霊界に行けた。ありがとう」と、ジェフさんを介して言ってくれた。
壊疽で切断した片足も戻ったことで、あちらでは精力的に動いて、仲間と楽しくやってるらしかった。
よかった。

という出来事があって、それから私は、亡くなってからの、こちらからの祈り(語りかけ、誘導)がいかに重要かを知った。

実はチベットの、生まれ変わりの考えが定着しているある部族も、大昔から人が亡くなると何十日間か一定の期間、死者を導くお弔いの儀式をするシャーマンがいるそうだ(NHKで観た)
彼らもずっと、祈りを捧げていて、でもその文言は、これからこんな神さまが現れてこういうことをしてくるからこうしなさいね、といった指示なのだそう。
そして死者はそれに従うことで、安心して、間違いなく、昇天していくことができる。

チベットはエジプトよりも、生まれ変わりの研究が古くて盛んだったと聞いている。
そして今でもその分野では世界的なトップクラスなのだそう。

これはずっと後に知ったのだけれど、でも、やっていたことは一緒だった。
やはり死んだ直後の使者への語りや祈りも、そして生前から死後の知識を理解しておくことも、とても大事と、つくづく思う。

ということで、冒頭の病気の知人も、その身に万が一のことが起きたら、またあの時のように祈って、送り出してあげたいと思う。
おそらく、そういうことをしようとする"変わった人"は、せいぜい私くらいなものだろうと思うので。
そうして、私なりの方法で見送ってあげることが、今までお世話になったことへの恩返しだと思っている。

お金のかかることや、特別なお祈りや儀式だとか、何かの品物が必要というのでもない。
適切で良質な知識と、相手を想う純粋な情さえあれば、お互いにとって最良の助け合いができると私は思う。

ましてや、どんなに有能な霊能者であろうと、親愛の情で結ばれた絆の強さにはかなわない。