スピリチュアリズムのBlog

スピリチュアリズムの日々の実践を心がけておりますスピリチュアリスト兼カウンセラーのブログです。生まれてこのかた無宗教です。またいかなる思想的団体とも関わりがありません。単独で活動することを信条としています

ガイド(指導霊)とのつきあいかた。



参考文献類はこちらでまとめてご紹介しています ⇒ 

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霊の書 P204

指導霊(ガイド)とは、霊的同志(仲間) である。
そして、霊格の高い指導霊が、守護霊(Guardian)である。

守護霊は、父と子の関係と同じ。
在る目的をもって、その成就のための道を外れないよう、時には忠告を与え、哀しみを慰め、苦難の中にあっては生き抜く勇気を与えてくれる。

その人が生まれた時から死ぬまで、同一の守護霊が憑いている。
途中で替わることはない。

特殊な使命を持った人間に憑いている守護霊は、他のガイド霊などの背後霊たちを見守る総監督の役割をする。
けれど、その任務遂行には、直接的には関わらない。



霊の書 P208

― 守護霊の他にも面倒を見てくれている霊がいるのでしょうか。

今述べたように、悪の道に誘惑しようとする邪霊が何人もいます。
一方で、守護霊の指示のもとで面倒を見てくれているガイド(指導霊)が何人かいます。
霊格の高さはまちまちですが、親和性があり、情愛で結ばれています。


― そうしたガイドは使命があって付くのでしょうか。

霊によっては一時的な使命を仰せつかっている場合がないでもありませんが、一般的には、良きにつけ悪しきにつけ、情緒的に共通する霊が付くものです。


― いまのお言葉ですと、親和力で結ばれている霊でも、善霊と悪霊とがいることになりますが。

その通りです。
(霊の)性格のいかんにかかわらず、(自分と)相通じ合う霊に取り囲まれていると思うがよろしい。




モーリスの霊訓(下巻) P30

背後霊とは、人間の地上生活における使命の達成とカルマの消滅を目的とし陰から守護、指導、援助する霊たちの総称。

その人間と同じ霊系に属する類魂の一人である守護霊(別名ガーディアンエンジェル)を中心として、複数の指導霊(別名ガイド)と支配霊(別名コントロール)が含まれる。
ただし、その中で最も力をもつのは守護霊で、指導霊と支配霊は、守護霊の許可がなければ何もできないルールになっている。

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そもそも、そうした背後霊たちがつく理由の多くは、その人間を指導するため(霊的進化向上を促すために) である。

他には、背後霊自身の必要性、特殊な使命を帯びているケースと、その本人(人間)と霊的な親和力で惹きつけ合ったケースがある。

また、特殊な使命を帯びていない人間の場合、その人の魂が向上するにつれて、背後霊が入れ替わることが多い。

背後霊としてつく霊のほとんどは、地球に近い波動を持つ、霊界の下層界から来ている。
それは、バイブレーションが近いことから、人間とコンタクトしやすいからだ。
また同時に、そうした理由から、霊界の最上界にいる高級霊たちが、人間に憑いて、直接交流することは断じてない。
(あるという人間がいたら、ますは低級霊に憑かれている可能性を勘ぐった方がいい)



霊媒の書 P96

高級霊は倫理・道徳に関わる影響力を行使し、低級霊は物理的な影響力を行使します。
高級霊が物理的な力を必要とする時は、それを行使できる者を、"雇います"。
荷物の運搬人を雇う要領で、低級霊を雇うということは、すでに述べた通りです。



霊媒の書 P270

― プライベートな悩みごとに関してのアドバイスも求めてよろしいでしょうか。

アドバイスを求める動機と、相手をする霊によっては、赦されることがあります。
プライベートな悩みごとは、普段から、親しく係わりあっている指導霊がもっとも適切です。
指導霊は身内のようなものであり、当人の秘め事まで通じているからです。

だからといって、あまり甘えた態度を見せると、引き上げてしまいます。

街角で出会った人に相談を持ち掛けるのが愚かであるのと同じで、いくら善良な霊でも、あなたの日常生活について何も知らない霊に助言を求めるのは筋違いというものです。

また、質問者(※人間)の霊格と、回答する霊の霊格とが違い過ぎても、良い結果は得られません。

さらに考慮しなければならないのは、いくら親しい指導霊であっても、根本的に邪悪性の強い人間には邪霊がついていますから、そのアドバイスも決して感心したものではありません (※つまり、自分と同じ霊格レベルの霊が指導霊なので、自分の霊格次第では、たいして実のあるアドバイスが得られない場合があるということです)

何らかの体験をきっかけとして、善を志向するようになれば、その霊に代わって別の、より善性の強い霊が指導霊になります。

類が類を呼ぶわけです。



― 背後霊は私たちの物的利益のために、特別の知恵を授けてくれるものでしょうか。

許されることがないわけでありません。
事情次第では、積極的に援助します。

が、ただの金儲けや卑しい目的のためには、善霊は絶対に、係わりあわないと思ってください。

そういう時に、積極的に知恵を授けるのは、邪霊です。
巧みに誘導して、あとで欺くのです。



霊媒の書 P178

霊媒(※霊能者、スピリチュアリスト)が、ふざけ半分にやりはじめたり、野心が度を越しはじめたら、高級霊ほどそうした霊媒をすぐに見限ります。

またその能力を、霊的真理の普及のために使用するという奉仕の精神を忘れ、指導を求めてくる人や研究・調査という学術的な目的で現象を求めに来る人を拒絶するようになった時も、高級霊は手を引きます。

大霊は霊媒自身の娯楽的趣味のために能力を授けるのではありません。
ましてや低俗な野心を満足させるためではさらさらありません。
あくまでも本人および同朋の霊性の発達を促進するために授けているのです。

その意図に反した方向へ進み始め、教訓も忠告も聞き入れなくなった時、霊団側はその霊媒に見切りをつけ、別の霊媒を求めます。



霊媒の書 P200

霊的能力は体質に係わる問題であって、(※霊媒/霊能者の)モラル的要素とは無縁です。
しかし、その霊能を、いかに使用するかの問題になると、モラルの面が出てきます。
最終的にはモラルの高い低いが霊媒現象の質を決定づけます。


P204
編者(カルデック)注
注目すべき事実として、高級霊団は霊能者が道徳的に堕落して、低級霊の餌食になり始めたら、必ずと言っていいほど、大きな事件を持ち上がらせて、その過ちを暴くことをする。
真面目な求道者がその霊能者に騙されないようにとの配慮からである。
高級霊にになると、いかに霊能(※サイキックも?)が優れていようと、それには代えられないという見方をするようである。



霊媒の書 P224

霊格はその言葉に表れる。
これは間違いない尺度であって、まず例外はありえないと思って良い。

高級な霊からのメッセージは、ただ内容が素晴らしいというだけではない。
その文体が、素朴でありながら、威厳に満ちている。
低級霊になると、やたら立派そうな、派手な用語を用いながら、訴える力がこもっていない。

用心しなければならないのは、知性である。

ふんだんに知識をひけらかしているからといって、高級な霊と思ってはならない。
知性は必ずしも、徳性ないし霊性の証明ではないのである。

非常に霊性の高い霊でも、哲学的には深いことを語らないことがあるし、博覧強記で、あたかも知らないものはないかのように知識を披露しても、霊格が低いこともある。
(※これらのことは、私たち人間にも当てはまるかと思います)


繰り返すが、霊的通信を受け取った時は、内容的に見て

・理性と常識に反するものはないか
・文言や言葉に品位があるか
・えらぶった所や尊大な態度はみられないか

といった点を検証しないといけない。
そうした態度に出られて、もしも機嫌を損ねるようであったら、それは低級霊・未熟霊・邪霊の類いと思って差支えない。
高級な霊ないし善霊は、絶対に、機嫌を損ねないどころか、むしろそうした態度を歓迎する。

それは、何一つ、恐れるものがないからである

***

(※通信霊の優劣を判断する決め手は)、文章(自動書記の場合)、ないし言葉づかい(霊言、チャネリングメッセージの場合) です。
これは人間の場合と同じです。

高級な霊の述べることには矛盾撞着(※どうちゃく。すべてつじつまが合っていること)がなく、全体が善性で貫かれております。
善への志向しか持ち合わせていないからです。
それが高級霊の思念と行為の目的なのです。

低級霊はいまだに地上的感覚に支配されています。
そこで語るところに、無知と不完全さがさらけ出されます。

知識の崇高さと冷静な判断力。 これが高級霊のみの属性です。


低級霊というのは、ただ単に無知である者よりも、なまじっか知性が発達した者の方が始末に負えないものです。
その生半可な知性に、ずるがしこさと高慢さとが結合するからです。

彼らは大威張りで、怪しむことを知らない人間や無知な人間を標的にして働きかけます。
また働きかけを受けた人間も、躊躇することなくそれを受け入れます。

無論そうした誤った論説は最終的には真理には勝てませんが、一時的には混乱を引き起こし、スピリチュアリズムの発展を阻害します。

霊能者はもちろんのこと、スピリチュアリズムの普及に携わる人々は、その点をしっかりと認識して、真理と虚偽を明確に選り分けるように努力すべきです。



モーリスの霊訓(上巻)P65

高級な霊からの通信を受け取るのにふさわしい霊媒(※チャネラー)とは。

●精神が受容性に富んでいる(受容の限度を超えるものは、伝えられないから)
●愚かな地上の偏見にとらわれないこと
誤った思想は潔く捨て去り、例え世間に受け入れられないものでも、真理は真理として、
素直に受け入れる精神の持ち主であること
独断主義(ドグマ)から解放されていなければならない
現世的な思想、神学的なドグマや、派閥を作るような偏狭的な教えから、自ら抜け出せない
ようではいけない
●自分の無知を自覚し、常に熱心な探求者であること
●進歩性のある知識にあこがれる者
●洞察力に富める者
●常に、より多き真理の光、より豊かな知識を求めようとする者
真理の吸収を飽きずに求める者
●反抗心が強く、自己主張が激しく、高慢で出しゃばり、うぬぼれが強い、利己心がある者は
選ばれない

地上で真理を受け入れ、実践することは大変厳しく、困難を極めること。
そこで多くの霊媒が、(高級霊が選ぶ候補から)脱落してゆく。

真理に対して、完全に、忠実になる事。
それに対する不安や恐れにも負けず、神や霊に、全幅の信頼を置くこと。
焦らず、いらいらしたり不満を持たず、ただ忍耐強く、(霊たちからの)指示に従うこと。



モーリスの霊訓(下巻)P168

以下のような人間は邪霊に支配され大変危険なため、心霊的なものとは係わるべきではない。

●性格的に円満さを欠いている人
●単なる好奇心や邪心、軽い気持ちで霊界と関わろうとする
●低俗な動機でのめり込む人
●見栄っ張りでうぬぼれが強い人
●軽はずみで軽薄な人
●いい加減だったりウソをつく、不実な人
●欲が深い人
●好色家
●卑怯なことをする人
●おしゃべりな人
●モラルや節度が無い人
●気分や感情、感覚に振り回され、興奮しやすい人
●衝動的で無鉄砲、思慮に欠ける無軌道な人
●自制心に欠ける人

スピリチュアリスト(スピリチュアルな活動をする人)の中には、スピリチュアリズムの真理を実践することは、野心や利己心、欲望、見栄を捨てなければならないことがわかっていながらそれをしようとはせず、知らん顔をして、自分に都合良く解釈をしたり、作り話をする人間もいる。
こういう人は、真の意味で、スピリチュアリストではない。
また、邪霊にも狙われ、つけ込まれやすい。