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スピリチュアリズムのBlog

スピリチュアリズムの日々の実践を心がけておりますスピリチュアリスト兼カウンセラーのブログです。生まれてこのかた無宗教です。またいかなる思想的団体とも関わりがありません。単独で活動することを信条としています

除霊や"スピリチュアル"な世界と関わるということ。


この記事の参考文献類はこちらです ⇒ 

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私はこれまで、低級霊とおぼしき霊や、生霊(生きた人の嫉妬や逆恨みによる念)による憑依体験を何度かしてまいりました。
命を失いかけたこともあります。

けれども、そのたびに周りから助けられ、運良く解放されてきました。
と同時にオカルトや心霊関係の物事がますます恐ろしくなり、毛嫌いするようになりました(思い出したり考えると、引き寄せることも知っていましたし、伝えた相手も巻き込んでしまうのではないか?と思い、人にもめったに話しませんでした)

ちなみに。
憑依から解放されても、手術を受けて傷跡が残るように完全には元通りに戻らない(100%ピュアに戻せない、取り除けない)そうです。
すると、本人が自分の精神の浄化と向上を意識して心がけていなければ、変わらず邪心を持ち続ければ、自分のオーラに残されたその痕跡が、別の低級霊を引き寄せる種子(きっかけ)になります。

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とにかく、心霊関係のお話は、最近まで、公には触れないようにしてきました。
(一対一のセッションや講座では、必要に応じて、稀ですが、お話しすることがあります)

けれどもある出来事がきっかけになり、自分の命や寿命を含め、必死になって守るべきもの・欲しがらなければならないものが無くなり、またもういつでも地上を離れられる心の準備ができているということが自覚できました。
自由に使える時間はせいぜい、あと10年と、強く感じています。
また、人がより良く生きていくために知っておくべきこと(スピリチュアリズム)が、誤解されて世に広まりつつあることも気がかりでした。

そこで最近になってから積極的に、自分の実体験ですとか、これまで学んできた知識をブログに書くようにしています。  遺言代わりに(笑)

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ここ最近、霊能や"スピリチュアル(今風のファッション的なスピリチュアリズム)"をお仕事にされているかたが大変増えました。
確かに、人の「霊能力」は上がってきていると思います。
ただ問題なのは、そうした才能を扱う、本人の心のありかたです。
もしもそれが、金銭や名誉などの邪心にまみれていると、間違いなく、邪霊につけ込まれます。

前から感じていたのは、スピリチュアリズム(心霊に関する研究)に関する勉強をされず、また自らの心霊体験もされていない未熟さ(という自覚がない)、あるいは好奇心から係わる、霊能者やスピリチュアリスト、スピリチュアルヒーラーの多さです。

そもそも、"スピリチャアル(今風のファッション的なスピリチュアリズム)"、とは、善霊・悪霊も含め、霊や霊界と関わることを意味している ということに、気づいてらっしゃいません。
だとしたら、むしろ(知識が少なく精神的にもまだ弱い段階では)、怖さや不安の方が先立って、距離を置こうとさえするはずです。
(理性や常識で考えてもそう思いませんか? 目に見えたり感覚でキャッチできるのでもなく、また、人間の力や人間界にあるものではまったくといって通用しない相手なのですから)

ですが実際には、現世的なお願いごとをして、「善霊を当てにしたり頼ること」ばかりに気を取られ、悪霊の存在のことは全く気にかけていらっしゃらない。
ですから、そうしたリスクと常にノーガードで関わっていらっしゃるということになります。

(通常、パワーストーンなどのこの世のグッズや儀式的な行為で、あの世の邪気を祓えることは
ありません。まるで宇宙人を相手にしているようなものなので。
人からの恨み(生霊)も同様です。
どれほど高価なグッズを購入したり、人気のチャネラーや霊能者に儀式的なお願いをしたところで、相手が自分を恨むことを止めない限り、解決にはなりません。

原則的には、憑依霊であったりもしくは生霊(生きた人間の恨みの念)と話し合い、できるだけ和解できるようにするしかありません。
もしくは、時間と努力を惜しまず、ご自分の心の純度や利他愛を高めて、守護霊の他に、高級なガイド霊を味方につけて自分の身を守るという方法もあります。
(一般的には、です。中には素晴らしい霊媒もいらっしゃいますが決して多くはありませんし、大概なかなか人目につきたがらないので))

ちなみに、その(霊)能力が本物であるならば、もしくは、そうした使命があるならば、間違いなく、邪霊の存在を自覚していたり、なんらかの怖い体験をしているはずです。

けれど、「そんなものはしていない、なぜなら高級霊に守られているから」、という理屈でしたら、それはありえません。
嘘です。
なぜなら、低級霊の方がよほど人間に近い波動を持っていて、親和性が高いからです。
さらに、低級霊たちは人の目に見えないだけで、そこかしこにいて、隙を狙っています。

それから、アメリカ人とは言葉が通じなくてもコミュニケーションできますが、他の惑星から来た宇宙人と一緒に生活したりコミュニケーションをすることはできませんね。
つまり、低級霊のほうを感じたり、コンタクトする方が、本物の霊能者の場合よほど簡単なのです(逆に、もしもその霊媒の実力が確かでなければ、低級霊すら、感知できません)。

しかも高級霊は、人間の都合よく、守ってくれたり、呼べばすんなり出て来る、ということはありません。
あくまで、人間の霊媒は戦場の兵士で、壮大なる作戦の指揮官が、ガイドや高級霊たちなのです。

また、そういう使命がある人ほど、こうした試練を与えられ、自分の責務の重さを痛感させられます。
ふさわしいかどうかを試され、自覚を促されます。
ですから、一度も憑依経験がない霊媒など、100%、ありえません。
そういう霊媒師を信じて、言われるまま、除霊に多額のお金を払ってはいけません。
と申しますか、そもそも知りあったり、近づかない方が良いのです。


ということで、そうした邪霊たちと、理性や利他愛というガードなくして関わっておりますと、ご自分で気づかないうちに、対人関係、金銭問題、健康問題で人生を狂わされます。
下手をすれば私のように命も奪われかねません(自殺に追い込んだり、事故に巻き込んだり)。

ちなみに、数年前、どう見ても素人の域を出ていずに頻繁に除霊のセッションをされていた(そしてご自分にはそういう力があると自負されていた)かたが、最愛の息子さんを事故的な突然死で亡くされました。
個人的には、もしかするとあれは単なる「事故」ではなかったのでは?と感じています。
(その仕組みは、下の脇先生の説明がわかりやすいと思います。母親への先方からの邪念や、自分から投げかけたものを避けたため、そもそも除霊の仕事とは何の関係もない(霊媒体質の)家族へとそれが向かって行ってしまったと考えられます)

ということで、仕事であっても、なぜわざわざご自分の身の危険を顧みず、このように恐ろしい存在と関わりを持ちたいのか?、(収入を得るための手段としての)仕事なら、他にもっと安全なものがあるじゃないか?といつも思っていました。

ふわふわしていて、オシャレでカジュアルな "スピリチュアル" など、本来はありえない、存在しないものなのです。

むしろ、身の危険や命を惜しまず、不退転の覚悟でこの仕事に献身するような、心に一点の曇り(邪心)も曖昧さも許さない、これほどまでに徹底して過酷で厳しい世界はないと思います。

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脇長生さんのご本 からまとめ。

P27

いま猟師が動物を殺す。
動物は恨みをもって猟師をねらう。

そこへたまたま一台の車が通る。
そしてその車を作った人は憎しみを抱えて亡くなっている。

するとこの念と、動物の念が一緒になって、猟師をひき殺す。
しかし、猟師と運転手との間には、現実的にも霊的にも、直接何の関係もない。

このように、心霊に関することは奥が深く複雑だから、すべて因縁霊のせいにしないで、謙虚な気持ちで勉強しなければならない。



P44

いま AがBに悪念を放射する。
その時Bに邪念がなければ、Aの念は素通りするので、Bは害を受けない。

しかしAの放った念は、地上界と霊界に及び、Aの家族や身近な人たちの中で邪念をもつ人たち(Cとする)と、霊魂のDに届く。

(Aと、CやDがアカの他人である場合もあるが、よくよく細かく調べていくと、双方の祖先に何らかの関係があったりする。
また、CとDの悪念がAに向けられていなくても、Aの念は、CとDに届く。
これはすなわち、波長による引きよせや共鳴の法則)

一度念波が通じ合うと、CとDの悪念はAへと引き返し、するとAは死や病気や不幸を受ける。

「人を呪わば穴二つ」の諺は、神霊主義の原理よりみて、事実である。



P129

どれほど優秀な素質のある霊媒や霊能者でも、野放しになっていたら、因縁霊や邪霊の道具になってしまう。
どうしても、正しい指導者につかなければならない。

正しい指導者とは、真理の探究心をもち、心霊に関する知識が豊富な、人格者である。

例えば、霊魂証明のために次々と科学的な実験を行えば、霊媒や霊能者はそれを達成しようと啓発され、奮起して努力する。
すると、(そうしたことを歓迎している)守護霊団との絆が深まる。

けれどもその指導下を離れると、霊能は次第に低下していくであろう。



P134

霊について、多少の知識がある者は、不幸があると、これこれの霊魂の障りだと考える。
これがいけない。
宗教の中には、そういう常識をもたせるのがある。
困ったことだ。

本当は、その霊魂のせいかどうかわからない。
またこれでは、本人が自らの霊魂を向上させる気持ちが欠けている。

だから因縁霊はかえってそういう宗教へと深入りするように仕向け、一層不幸を募らせようとする。


P137

【無理な除霊は傷口を深くする】

僧侶の読経によって除霊したといっても、それはお経そのものの力によるものではない。
僧の持つ霊的なものが、因縁霊より強かったのである。

しかしそれは一時的な除霊に過ぎない。

除霊された霊は、無理に出されたのだから、一層深い恨みを抱いて、憑依の機会を虎視眈々と狙うのである。



霊媒の書  P243

訳者である近藤先生の訳注から

(憑依した霊)を"強制的に出させる" といっても、その関係は、高級霊と低級霊との関係だけで成立するのではなく、招霊(交霊)会の司会者(さにわ)の霊格、霊力がカギとなる。

私は師の間部詮敦氏のもとで、様々な霊の招霊に立ち会ったが、ワルの親玉みたいなのが出た時は恐怖心を覚えた。
(※ トランスしていた人間の霊媒(チャネラー)の身体に乗り移っています)


最初は気楽な態度で霊と語っていた間部氏が、いよいよそのワルが出た時は、鬼気迫る雰囲気となった。
そして開口一番こう言い放った。

■■「うーむ、お前には参った。
■■これまでは陰に隠れていて見つからなかったが、今度ばかりはやられた。
□□ところで、まずは一杯、酒をくれんか」

すると間部氏は姿勢を正して正座し、手を合わせて瞑目し、「はい、どうぞ」というと、霊はさもうまそうにゴクゴクと飲む仕草をした。
むろん、本物の酒ではなく、意念でこしらえたものだった。

その後、二言三言交わしてから、霊団(※ さにわや霊媒の背後についていて、こうした霊たちを導く仕事をしている)に引き渡された。

間部氏は昼間に霊査をして、招霊する必要のある霊に目星をつけておき、夜中にそうした処置をしておられた。

間部氏の霊力が強かったからこそ、霊団も威力は発揮できたのである。


邪霊や低級霊たちをあまり気にかけてしまうと、自ら引き寄せてしまいかねません。

けれども、心に "恐れ" や "やましさ" さえなければ、恐れる必要は全くありません。

(関連記事 ⇒ (守護)霊と通じあう方法   ⇒ 守護霊や邪霊たちとの関わりかた

ですので、ひと通り「こういうことが起きている」ということがお分かりになられましたら、もうこのことは頭の隅っこに追いやって、その後はひたすら精進あるのみ。

心を浄め、他者に親切にし、必要な知識を学んで、ご自分の精神を高めていくことだけに意識を集中させていかれることをお勧めします。