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スピリチュアリズムのBlog

スピリチュアリズムの日々の実践を心がけておりますスピリチュアリスト兼カウンセラーのブログです。生まれてこのかた無宗教です。またいかなる思想的団体とも関わりがありません。単独で活動することを信条としています

霊界から見た、「誰かを教え導くこと」の責任の重さ その2



続きです ⇒ 霊界から見た、「誰かを教え導くこと」の責任の重さ その1

今日は、神智学を広め、オカルトブームのきっかけとなった、ブラヴァツキ―夫人による霊界通信をご紹介したいと思います。
ウィキペディア ⇒ ヘレナ・P・ブラヴァツキー



迷える霊との対話―スピリチュアル・カウンセリングによる精神病治療の30年 よりお借りしました

P658

ブラヴァツキ―夫人霊の懺悔と証言

私はなぜもっと、こうした霊界とのつながりについて説かなかったのか、なぜもっと深く勉強しなかったのかと、残念に思われてしかたありません。

その事実については知っていたのです。
さまざまな霊現象を見ていたのです。

今となってはすべてを打ち明けますが、とにかく私は、"リーダー" になりたかったのです。
霊媒現象の存在も知っておりましたし、私自身も霊媒として、ずいぶん学者の研究材料にされていました。
がそのうち古代インドの霊的思想を勉強し始め、やがて、輪廻転生説を知りました。
これは面白いと思いました。

といって、その原理に納得が行っていたわけではありませんでした。
また、同じ地上に生まれてきて、金持ちで楽しく暮らしている者がいるのに、他方には生涯貧乏で苦労ばかりしている者もいるというのは、不公平だと考えたのです。

そういう事情を単純に考えると、もう一度地上に戻ってきて、その反対の生活を体験するという説には真理と公正があると思い、これを旗印にし、世に訴え始めました。

しかしこれには実は、もう一つ、別の体験が伴っておりました。
「自分の過去を思い出す」という体験です。
過去生のことがなにもかも、すぐにわかる、というものです。
がしかしそれは、実は、過去生を思い出しているのではなかったのです。

過去生の記憶の回想ということがよく話題になるのですが、あれは、節操のない低級霊たちが企んでやっていることです。
つまり、低級霊たちが自分の地上体験をもとに、もっともらしいドラマを演出して、それを霊媒の意識に印象づけるのです。
霊媒はそれを、依頼人の過去生を見たと錯覚し、物語っているにすぎません。

(略)

私は、インドの古代思想を勉強し、そこから、セオソフィーという思想体系を編み出しました。
私はそれを、「最高の生命思想」と信じておりましたが、しょせん、説は説に過ぎません。
真理の前にはどうしようもありません。
人間は、真理に従って生き、説や(宗教のドグマへの)信仰は捨て去らないといけません。

(※ここからブラヴァツキ―霊は、「輪廻転生はない」と語りはじめます。 ですがそれは誤解で、現在の心霊学では肯定されています)

地球圏には、地上を去ったあとでも、地上的波動から抜け切れずにいる霊たち(地縛霊など)が、地獄さながらの悲惨な境涯の中で、無益な生活を送っております。
朝から晩まで憑りつかれたように讃美歌を歌い、神に祈ることばかりをしている集団、金の亡者の集団、などです。

特に後者の集団は、朝から晩まで金を数えることばかりしています。
かれらにとっては、金こそが神なのです。
そしてこの者たちにも (※救済のための) 声はかけられません。

さらには、地上で身を破滅させた者たちが集まっているところがあります。
世を恨み、心が鬼と化して、仕返しをすることばかり考えております。
愛とやさしさはかけらもありません。
その魂は、まるで泥水に浸したスポンジのように、けがらわしい感情に満ち、愛も情も、受けつけようとしません。
うっかり近づいて、神だの愛だの親切心だのを説こうものなら、ツバを吐きかけられ、笑い飛ばされます。
(そうした低級界も含め、霊界の成り立ちについては こちらをどうぞ ⇒ 

(略)

地上でマスターとなることを心がけているセオソフィストの大半が、いつしか堕落してゆきますが、それは邪悪な地縛霊の誘惑に負けているからです。
俗世的煩悩を十分に克服していないところに、スキを与える原因があるのです。

私がその一番良い例です。
地上であれだけ活動して、いったい私は人類のために、どんな貢献をしたというのでしょうか?

(略)

私は間違った教義をたくさん教え込んでしまいました。

セオソフィー協会など興さずに、霊媒のままでいて、霊界と地上界の橋渡しの仕事をしていた方がどれだけ意義ある人生だったことでしょう。

(※「生活にもっと単純素朴さが必要です」とウィックランド博士が言うと)

おっしゃる通りです。
単純素朴 ー いい言葉です。
まさに核心をついた言葉です。

セオソフィーにはややこしい教義や謎めいた秘儀が多すぎて、マスター気取りでいる人たちは、難解な教義や秘儀を口にするほど自分たちの霊格が高いと錯覚しているのです。
(※これは今のスピリチュアル系や自己啓発系の講師やリーダーたちにも当てはまることと思います)

(略)

霊能者だけが特に守られるということはなく、みずからの自覚によって、日常生活を明るく陽気なものにしなくてはなりません。
落ち込んだり動揺したりしてはいけませんし、腹を立てたり、悲しんだりしてはいけません。
そうした低級な感情は、低層界(にいる低級霊たち)とつながるからです。

これは普通一般の人も同じです。
低級界と波動がつながると、物的身体を通して、"光" を見たがる地縛霊が寄ってたかります。

霊性が目覚めていない霊は、霊的な明るさが見えないために、暗闇の中で暮らしております。
地上なら太陽の光があって、少なくとも辺りは明るいです。
彼らはその明るさを求めてやってくるのです。

心を入れ替えれば霊眼が開くのですが、それがわからないのです。