スピリチュアリズムのBlog

スピリチュアリズムの日々の実践を心がけておりますスピリチュアリスト兼カウンセラーのブログです。生まれてこのかた無宗教です。またいかなる思想的団体とも関わりがありません。単独で活動することを信条としています

あるスピリットが語る死後の世界


今日の記事は、迷える霊との対話―スピリチュアル・カウンセリングによる精神病治療の30年 から一部をお借りしています

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【実在に目覚めたスピリットからの助言】

死後、順調に目覚めて向上し、人類の啓発のために役立ちたいという願望のもとに、われわれのサークル活動に協力しているスピリットが数多く出現して、生命の実相と死後の世界について語ってくれている。

かつてはメソジスト派の牧師で、その後われわれのサークルの一員として娘さんとともに出席しておられたイェイツ氏が、死後わずか5日目に出現し、さらに数か月後にもう一度現れて語ってくれた。
以下はその時の記録である。


1920年10月27日  ウィリアム・イェイツ霊

今夜も、勉強のために、大勢のスピリットを連れてきております。
そのにぎやかな情況をお見せしたいくらいです。
(※交霊会には数百数千の霊たちが人間と霊との会話を聞きに集まるそうです)

地上の人間にとって、生命とは何かということは、大変な問題です。
そのことを勉強し、物質に宿っての存在について学んでくださるとありがたいのですが。。

肉体を離れてこちらに来るスピリットの多くが、無知の暗黒の中へと入ってしまうのは残念なことです。
信仰心(※地上の宗教の)しか持たないから、そういうことになるのです。

神を賛美し、歌い、そして祈ることばかりしております。
私たちは近づこうにも近づけません。

地球を取り巻くように存在する物的波動のエーテルの界層は、"地縛霊" と呼ばれるスピリットの住む暗黒の世界です。
利己主義と無知が生み出す暗黒です。

そこから抜け出すには霊的理解力(悟り)が芽生えて、霊的視力(※魂の目)が使えるようにならなければならないのですが、そのためにはまず、生命の実相について知り、自分の幸せだけを求める信仰を捨てなければなりません。

その種のスピリットは、地上時代に人の為に汗や涙を流すことがなかった者たちです。
”人のため”ということがどういうことであるかを知らないまま、自分のためだけに生きてきました。
自分以外の人のことを考えられるまでに、霊性が発達していないのです。


その暗黒界がどんなところか、その様相は実際に見ていただくほかないでしょう。
私は二人の親戚の者に案内してもらったのですが(※霊界に上がった全員が必ず見学させられます)、自殺者ばかりが集まっている境涯、狂信者が通う教会ばかりが立ち並ぶ境涯、スラム街、拝金主義者ばかりの町等々、それはそれは凄絶を極めております。

しかしその事実自体も問題ですが、もっと問題なのは、そうした境涯のスピリットの出す波動が、地上でよく似た波動を出す人間と合致して、生活を破綻に追いやっている現実です。
このように、地球のすぐ周りに無知の世界が存在し、死後そこで目を覚ます者が多いのです。

どれほど善人であっても、どんなに真面目な人生を送っていても、ただそれだけでは十分ではありません。

死後の世界についての知識がなければ、(※死の眠りから)目覚めたあと、しばらくは暗闇の中にいることになるのです。
その後、いつ霊的覚醒が訪れるかは(※極楽や天国と呼ばれる幽界の上級層に移動する条件)、その人が、地上で培った霊性の程度(霊格)いかんによります。

不思議なのは、『地上生活ににおいて、他人の為に役立つことをしたその行為によって、死後に落ち着く家と環境が築かれている』 ということです。

当然、清らかな人生を送った人には清らかな環境が待ち受けておりますが、先ほども申した通り、霊的摂理についての知識が欠けていると、すぐにはそこへ行けず、いわば、道に迷ってしまうことがあるのです。

面白いことに、自分のことしか考えない人生を送った人の霊界での家は、自分一人がやっと入れるような、小さな、ケチくさい形をしております。
連れ添う人も見当たらず、自分一人だけの、わびしい環境の中に自分を見い出だすことになるわけです。

けれども、そうしたわびしさに耐えきれなくなって、神に救いを求めるようになった時こそ、向上のためのチャンス到来の時なのです。

高級霊の手配によって、まず地上時代の利己的な生き方が生み出した結果を見せつけられ、良心の呵責を覚え始めます。
自分が害を及ぼした相手がまだ地上にいる場合は、その人の背後霊の一人として、その償いが済むまで援助してやらねばなりません。
相手がすでに他界している場合は、そのスピリットを探し出して、何らかの形で償いをしなければなりません。

そうした段階を経てようやく、もう一段上の階層へと向上してゆくことになります。

(※天国・極楽と呼ばれる幽界の最上層では、霊界の暮らし方や霊的真理を学ぶための教育が行われます。
その際、学校のような場所に通うこととなります。
また守護霊も引き続き教育的なサポートをします。
このような、地上で行われる交霊会に連れてこられるのも、その授業の一環なのです。

教育を受けますと、自然に、幽界よりも上の霊界の素晴らしさに惹かれて、そちらに向かいたい衝動が生まれてきます。
そしてそれがモチベーションになって、幽界はもとより地上の人間界の人たちへの援助活動を積極的に行ったり、あるいは地上時代に自分が犯した過ちを清算しようと励むようになります。

そしてこの時点で、地上にもう一度生まれ変わるか、それとも霊界に進むか(これはこれで覚悟がいることらしいのですが)、を決めます。

ですがこうしたトレーニングや学習がすでに地上界で済ませておければ、すぐに霊界に移動できるのです。
そしてそここそが、本当の天国のような場所、になります。
また霊界に上がると、ほとんどの場合、もう地上に生まれ変わって、人間界特有の様々な苦労をする必要がなくなります)


信仰(※特定の宗教の教えや想像上の神さまたちを盲信すること)というものは、こちらでは何の役にも立ちません。
大切なのは 行為 です。
地上にいる間に、霊的存在として為すべきことを実行し、そして神が創造なされたこの森羅万象の不思議さに目覚めなければなりません。

(略)

そうしたことを、私がこちらに来て2,3か月して知りました。

(略)

この仕事はぜひとも続けてください。
皆さんの目には見えないかもしれませんが、毎回この部屋には、精神的に自由を奪われたスピリットが大勢連れてこられて勉強しています。

地上人類は、これからしばらく困難な時代へと入るでしょう。
これまでの罪悪と利己主義がその困難を生み出すのです。

現代人はお金と我欲のためにのみ生きています。
いつかはその生活概念を変えなければならなくなるでしょう。
平和はそのあとになります。
今はまだ、お互いが、闘争状態にあります。


人間が最も控えねばならないのは、取り越し苦労です。
不安を抱くと、オーラが不安の波動に包まれます。
内部に神性が宿っていることを自覚して、自信をもつことです。

人格をそなえた神 ではなく、全宇宙の根源である生命体としての神 の力、創造力、愛の力が宿っていることを自覚して、不安を追い払うのです。

たとえば、『スピリットに憑依されるのではないか?』という不安が生じたら、”自分は自分の身体の主なのだ”、”他の誰にも入らせないぞ”と自分に何度も言い聞かせるのです。

そのうち霊的な力が湧きでて、それが身を守るようになります。
と同時に、邪心や悪感情を心に宿さないことも大切です。

(ウィックランド博士に向かって)先生、妻と相談の上、私の葬儀をパーティにしてくださってありがとうございました。
あれを葬儀だと思った人はまずいなかったでしょう。
まさしくパーティでした。
みなさんに喪服ではなく、明るい白の衣服を着てくるようにお願いしてくださったことにも感謝いたします。
これからの葬儀はすべてあのようであってほしいと思います。

喪の哀しみの念は、スピリットに、よけいな悲しみと苦しみと陰鬱さを呼び寄せます。
その陰鬱さのせいで、そこから何年も抜け出せないでいるスピリットが大勢いるのです。

ではこの辺りで失礼いたします。

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【霊的世界の構造】
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