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スピリチュアリズムのBlog

スピリチュアリズムの日々の実践を心がけておりますスピリチュアリスト兼カウンセラーのブログです。生まれてこのかた無宗教です。またいかなる思想的団体とも関わりがありません。単独で活動することを信条としています

霊界での生活



今日は、W・ステッド著 「タイタニック沈没から始まった永遠の旅」からお借りしたいと思います。

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著者の ウィリアム・トーマス・ステッド さんについて 右矢印 右矢印 ウィキペディア
こちらの本からお借りしています右矢印タイタニック沈没から始まった永遠の旅
※良い本なので大変残念なのですが、すでに絶版になってしまっているようです

*****

十二章 ”無限” への旅の始まり

あの悲劇的な海難事故で地上を去って以来、地上の時間にしてかなりの年数になりますが、その間、こうした形で絶え間なくかつての自分の生活の場、そして愛する者たちが今なお生活している地上界との連絡を取り続けていても、もう一度地上に再生して生活してみたいと思ったことは一度もありません。
特に、ブルーアイランド (※ 中間境、幽界)を卒業してこの実在界 (※ 霊界)へ来てからはそうです。
(霊界の構造のイラストは 過去記事のこちら でご覧になれます)

ただ、今の私には、地上時代にはなかった新しい視力がありますから、地上に残した縁ある人々のしていることを見ていて、その間違いが明確に見て取れます。
そんな時には、今すぐにでも地上に生まれ出て、直接さとしてやりたい気持ちに駆られることはあります。

が、そういう場合を除けば、地上生活をもう一度味わってみたいと思うことはまずありません。
それよりも、こちらでの見学や見物の旅、仕事、研究のほうがよほど興味があります。

それによって得た知識は、地上時代の知識とは比べ物になりません。
その中からみなさんにぜひ伝えたいというものを、こうしてお届けしているわけです。

そういう個人的な関係とは別に、国家としてのその後の発達や内外の動向にも、格別の関心を抱き続けております。
地上に縁の濃い人がいるかぎりは、愛国心というものも消えることはありません。
が、その人たちもいつかは地上を去って、こちら(※ 霊界)へ来ます。
すると次第に、そして自然に、地上への関心が薄れ、その分だけこちらの世界への関心が増し、愛国心は新しい他界者へと譲ってまいります。
こうして受け継がれていくわけです。

ブルーアイランドに来てからの足跡をたどってみると、その間の自分の進歩には、まずまずの満足を覚えます。
あのような事故でこちらへ来たことは、私にとって、大変ショッキングなことでした。

あの年(※ タイタニック沈没の年。1912年) が明けた時、2か月後に自分の死期が迫っているとは夢にも思いませんでした。
また、そうなってもらっては困る時期でもありました。
やりたいことが山ほどあったから です。
そのうちのいくつかは、こちらに来てからでも成就することができましたし、今なお手がけているものもあります。

こちらへ来てまず心がけたことは、新しい環境への適応でした。
何もかもが新しいのです。
動作も、意志の伝達も、みな違います。
こちらでは言語を使ってしゃべることはあまりありません。
それよりもっと表現力に富んだ、直接的な方法があるのです。
精神と精神とが直接的に感応しあうのです。
もっとも、地上と同じように、言葉で話し合うこともしようと思えばできます。

その他にも、こちらの生活形態には勝手の違うことがたくさんありますが、その中でもいちばんありがたく思うことは、精神活動が物的な事情によって制約されることがないこと、です。

地上では何らかの願望 ― お金が欲しい、仕事を成功させたい、楽しいことがしたい、もっと知りたい等々 ― を心に宿しても、いざ実践しようとすると、いろいろと制約があって、思うにまかせません。
その点こちらでは、理にかなったものであれば、何でも存分に叶えられます。
真理や知識を得たいと思えば、信じられないほど、即座に手に入ります。
しかし、それだけに動機が間違えていれば、その報いも即座に降りかかってきて、その償いをしなければならなくなります。
こちらでは、動機がすべて なのです (※ なので、地上にいる時から、常日頃より、自分の良心に従って暮らせるよう自分を鍛えたり慣らしておく必要があります)

あなたの今の霊性そのままが、死後のあなたの姿と環境に、反映します。

死後にまとう霊的身体は、その地上生活の中でこしらえているのです。
仕事(※ もしくは行動や活動) の中身と、思念の性質が、こしらえるのです。

一見した所、こちらの世界は地上界と実によく似ております。
鉱物も植物も動物も、その他、ありとあらゆる形の生命が存在します。
人間がかわいがっている動物、飼いならした動物はもちろん、野生の動物もいます。
が、野生のものは、それぞれの特定の生息地があって、そこに群がっております。
こういうと、「じゃあ、地上のコピーのようなものですね」とおっしゃる人がいることでしょう。
確かに、一見するとそう思いたくなりますが、実はその逆でして、地上界がこちらの世界(※ 霊界)の写し なのです。

地上界は鍛錬を目的として設けられた世界です。
物的な富を蓄えて、贅(ぜい)を尽くして満足するのも結構ですが、それだけで終わってはいけません。
自分のほんとうの個性を見極め、自制しながら発達させることを、怠ってはなりません。

地上特有の楽しさと喜びを味わうのは結構ですが、それに溺れて、自分を見失ってはなりません。

先ほども述べた通り、他界後の私自身の進歩ぶりには満足しておりますが、自分個人から離れて、大局的見地から見ても、満足すべき成果があったと考えております。
つまり、地上界との交信にも、大きな進歩があったということです(※ ステッド氏は生前から、チャネリング(霊的交信)に高い関心を寄せ、活動されていたようです)。

その成果は皮肉にも、世界各地における戦争で肉体を失った若い兵士が、こちらに持ち込んだ物的エネルギーに負うところが大でした。
英国だけの話ではありません。
世界規模で言えることです。
若い霊が、そのエネルギーと決断力を霊界へ持ち込んでくれたおかげで、2つの世界の間で、障害となっていたものが数多く取り除かれたのです。

その間に多くの霊によって届けられた霊的知識には、互いに矛盾するものもあります。
ですが、それをもって「真理でない」と決めつける理由にはなりません。
真理というものは時として意外性をもち、立場上、受け入れては都合が悪いこともあります。
が、真理はあくまでも頑固であり、いつかは必ず受け入れなければならないものです。

(省略)

私たちもまだ旅に出たばかりなのです。
何一つ、忘れてはいません。
愛も、少しも失ってはおりません。

~転載はここまで~