スピリチュアリズムのBlog

スピリチュアリズムの日々の実践を心がけておりますスピリチュアリスト兼カウンセラーのブログです。生まれてこのかた無宗教です。またいかなる思想的団体とも関わりがありません。単独で活動することを信条としています

スピリチュアリズムからみた 自殺後の現実。



こんにちは。
今日の記事は下記の本を参考にさせていただいています。

個人的存在の彼方 J・カミンズ著 E・ギブス編 / 近藤 千雄 訳
自費出版ですので、こちらでしか入手できません

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通信を送ってきた故マイヤース氏と、専属自動書記霊媒カミンズ女史

F・マイヤースとは?(Wikipedia)


【自殺】P86

我々霊界の者が地上の人間に、自ら命を絶つことだけは絶対にしないようにと警告するのは、死後ふと我にかえった時に、『死んだのは肉体だけで自分はまだ生きている』という事実を知った際、自殺当時の強い絶望と恐怖、後悔、幻滅感の感覚が一段と激しく増幅され、ひっきりなしに本人を襲ってくるからです。
これはまさに地獄の苦しみです。

中には、自分が死んだことに気づかない人もいます。

いずれにしても、自殺した場合は、自分を死に追いやった陰湿な気分が、まるでかすみや雲のように当の本人を覆い、するとそのもやの中からその霊を救い出すのは、霊界にいる霊たちにとっても至難の技で、時間がかかってしまうのです。
本人の激しい感情的な思念のエネルギーが妨げとなってしまい、すると助けてあげようにも為すすべがなく、どうすることもできません。

その場合そうした障害を取り除けるものは、本人の努力と自制心、そしてなにより心の底から発せられる救いを求める声と祈りのみ、になります。

やっかいなことに、自殺した人(霊)は、精神が錯綜してしまっています。
それは彼の意識のすべてが、"内向き"になってしまっているからなのです。
さらに、なぜ自殺してしまったのかと、自らを責めます。
ですがそうして自分を責めながらも、心の片隅では「自殺に追い込んだのは自分を取り巻いていた事情のせい」にしています。

またそれに加えて不気味な「死にたがる」思念が、自ら、邪悪な低級霊]たちを呼び寄せてしまっているのです。
こうした霊的波動の低い低級霊たちは、自殺志向といった本人の低級な思考意識に簡単に感応(引き寄せ。共鳴)します。
そして執拗に本人に憑いては、そそのかし、悩みをますます深め、戸惑わせ、不安にさせ、苦しめては喜びます。

(近藤先生の訳注)
俗に死神と呼ばれているのはこれを言い、ハゲワシが死にかけた動物の死臭をかぎつけて集まるように、死期の近い人間、あるいは自殺を考えている人間の周りに、魑魅魍魎(ちみもうりょう)がやってくる。
そして死体から発散される、エクトプラズムの臭気をあさる。
霊界からの通信で、土葬よりも火葬を勧めるのはそのためである)


ただし、例外もあります。
それは、他人のために、自らを犠牲にし、絶命した人のケースです。

この種の "自殺" には、その思いつめた最後の精神状態には高潔な誠意があり、そのおかげで、病的な自殺と異なり、意識は「外に向かっている」からです。
そのため、死後、肉体から抜け出て(幽体になる)時も、普通の死のケースと変わりなく、自然な速度で無理なくゆっくりと行われますし、本体の霊にも苦悶の様子は見られません。
むしろ満ち足りた気分に浸っていて、絶望感や自己れんびんのような感情は全くありません。

なので、邪悪な魑魅魍魎たちも近づくことができず、また本人も奇怪な幻に怯えることもありません。

また、弁解の余地がない動機から自罰的な自殺をした人の場合は一般に、しばらく暗闇の中に居続け、それから幽界の低い界層へと連れていかれます。
そしてその界層にいる間、どういう体験(教育)をさせられるかは、その人の性格や地上で送ってきた生活の内容によって、一人ひとりが異なります。
もしも、先に自殺した霊に憑きまとわれそそのかされて自殺してしまった場合は、やはり一時的に暗闇の中に置かれますが、ただ自殺した罪への責任を取らされるのは、そそのかした霊の方になります。

と、このように、自殺者が死後、どのような罰を受けることになるかは、発端や動機によって変わります。