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スピリチュアリズムのBlog

スピリチュアリズムの日々の実践を心がけておりますスピリチュアリスト兼カウンセラーのブログです。生まれてこのかた無宗教です。またいかなる思想的団体とも関わりがありません。単独で活動することを信条としています

スピリチュアリズムの アセンション(1)



2012年12月23日。

この日でマヤ暦が終わっていることから(実際にはそうではなかったようですが)、この日に「アセンション」が起きて、天変地異や核戦争が起きて人類が滅亡するとか、人間の身体能力が向上してみんなが超能力者になるとか、地球全体が高い波動を持つ次元(天国みたいに良い所)に移動するとか。

マンガやアニメのようにスケールの大きな「噂話」が錯綜して、異様な騒ぎになっていたのをご存じのかたもいらっしゃるかと思います。

しかし、アセンション騒ぎを盛り上げる片棒を担いだ人、もしくはそれを利用して私腹を肥やした人。
私も見てきました。
中でも「アセンション騒動と詐欺」の先導役だった関西在住ブロガーは、根も葉もない妄想話をもっともらしく脚色しては書き続けていたため、今ではあちらこちらで悪い評判や噂を流されているそうです。
怖い怖い。
しかもこの人物、先の五輪エンブレム問題のように他人の情報やアイディアをこっそり無断で(商用に)盗用し、何食わぬ顔で自分のモノとして利用し続けていますので、重ねてきた罪(カルマ)はなおさら深刻なのです。

霊界通信を見てゆきますと、そのように多くの人をたぶらかす行為は、霊界的にはかなりの大罪になるのだそうです。
しかも自分が巻き込んだ人の数の分だけ、嫌というほどの試練に見舞われて反省をさせられます。
その場合、死後、凶霊や邪霊がうじゃうじゃいる低級層に長くいなければならず、すぐには楽園(天国)に行けないそうです(このブログでも時々、その状況説明をしています)。

ただ、悪いことをしていると自覚しながら、己の欲や利益のために他人を利用して苦しめた人間は、地上にいる間もすでに善霊たちからは見放され、気づいてないだけで邪霊たちに憑きまとわれ、餌食にされ続けます(体調を崩したり怪我をしたり、仕事が妨害されたり、しなくていい苦労をしたり、と邪霊にもてあそばれて人生が上手く行かなくなります)。

こうした人は、地上にいる間、今すぐにでも反省して償いや更生をしない限り、死後の試練はより過酷になります。

参考記事

霊界から見た、「誰かを教え導くこと」の責任の重さ その1
霊界から見た、「誰かを教え導くこと」の責任の重さ その2]

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ところでそのアセンション騒ぎで、忘れられない出会いがありました。
今から15年ほど前に、社員数が数十人、年商数億の会社の社長さんと知り合う機会があり、その際、社長さんは「アセンションの日が来ると人間は光の身体を持つことになり、欲しいものは何でも手に入り、病気や飢えもなくなる」と真剣に本気で語って(私を説得して?)らっしゃいました。
その異様なご様子は、ちょっとした衝撃で、今でも目に焼き付いています(今頃、どうされているのかしら?)

ところで私自身はというと、そのようなオカルト風にはとらえてませんでした。

アセンションするということは(本来の単語のニュアンスから)、人の意識とか知性とか文化とか、そうした目に見えない人の心や理性が進歩することを指していて、なのでもしアセンションが起きるのであれば、突発的に起きるものではなく、じわじわと何年もかけて進行していくはずという風に考えてました。

そしてその数年後、世界三大霊訓である『モーリスの霊訓』の中のある一節が目に留まり、ますます自分の推測の正しさに確信を深めることとなりました。

ではその部分を元に、まずアセンションの基本をまとめてみます。

【霊訓 P186より】


キリスト教の主な宗派が、イエスにまつわる祝日を設けていることについては事実(真実・真の理)も含まれている。
クリスマス、エピファニーイースターアセンション、ペンテコスト等のお祝いは、イエスの生涯の節目であり、それぞれの出来事には、スピリチュアリズム的な意義が秘められている。


● クリスマス(キリスト降誕祭)
――これはそもそも霊たちの地上界への生誕を祝う日であり、愛と自己否定を象徴している。
人類愛から己を犠牲にするため、霊が肉体に宿る。
霊界側にとって、クリスマスは、無私を祝う祭日である。

アセンション/Ascension(昇天祭)
――アセンションは地上生活の終わりを祝う日であり、霊界への帰還を祝う日であり、物質や物質的生活との最終的な訣別を祝う日だ。
つまり、肉体を離れ、幽体になるという、"(肉体)死" の時を指す。
地上への再生により始まった人生(クリスマス)が、この日で終わる。
それは、生命そのものの終焉ではなく、地上生活の終焉である。
人類への愛(博愛)と自己否定によって聖化された、ささやかな生涯の終焉である。
アセンションは、地上に生まれてきた目的や使命が完遂したことを喜び祝う、祭りである。



と、これが霊界側から伝えられた、本来の『アセンション』の意味、だそうです。

ただ「アセンション」という用語は昨今、それとは異なる意味合いも持ちはじめたように感じます。
ミレニアム以降の、人の共通意識や価値観の大きな変化(解放、目覚め)です。


スピリチュアリストの皆さんはご存じのことですが、19世紀後半あたりから、霊界側による、地上人類の浄化と救済活動が始まっていました。

それは、あまりにも人間が堕落し、宗教は腐敗しきり、人々は霊的真理にも触れる機会を失い、そしてさらにそうした人間たちが地上の死後、邪霊や地縛霊になって人間たちをもてあそんだり陥れようと足を引っ張っている現状を見かね、ナザレのイエスをリーダーとする高級霊たちが立ち上がって霊団を組織し、宇宙秩序の摂理(大霊)にのっとって人間の霊的学びを阻害しないよう注意を払いながら行われていた活動でした(シルバーバーチやインペレーター霊たちもその仲間です)。

それから、(地上の時間で)160年以上が過ぎ、ミレニアムの年を過ぎたあたりから、その活動も折り返しとなり、今現在、そろそろ終盤を迎えているように感じます。

というのも、「今の世の中はおかしい」と声を上げ、平和のために見かねて何かしらのアクションを自主的に起こす人たちが増えたり、社会貢献への意識がそれ以前と比較にならないほど高まっている様子から、そんな風に感じるんですね。
また正義と義憤に駆られ、不正行為に対してシビアな批判がなされるようになってきた風潮も同様です。

また、今の20代前半位までの若者や子どもたちの利発さや発想力は、私たちの子ども時代とも比べ物にならないような気がいたします。
しかも、野蛮で暴力的な言動をする子は少なく、性格が穏やかで善良で、心やさしい人たちも多く見かけます。
まるで、幽界の最上界や、霊界の住人たちのような、地上にいながらすでに霊格が高い子供さんや若者が、ミレニアムを過ぎた辺りから、急に増えたように感じられるんですね。
しかも、そういう子どもたちに感化され、大人たちも善に目覚め、古い価値観や概念、生活態度も自然に変わってゆくんじゃないかなと思います。

ですので、彼らがいてくれたら大丈夫だろう、世の中はもっと悪くなるどころか、徐々に良くなっていくだろう、そんな予感がしています。
つまり、みんなにとって喜ばしい変化が始まっていて、しかもその変化は今年辺りを境に、ますますその威力や効果に希望や実感がもてるものへと現実化してくのではないか、と私は未来を楽観視しています。

そして、これこそが、地上人類にとっての(霊的進化という)アセンション現象 ではないでしょうか。

昨今「アセンション」という言葉は、こうした社会現象?を指し、次元(精神意識の波動)上昇といった解釈で使われていることが多い気がいたします。
そしてこうした変化が起きたきっかけや原因はそもそも、人間たちが気づかない所で、霊界の高級霊たちが尽力していた人類の救済と浄化活動に負う所が少なくないだろうと思います。

実はこの件については、150年ほど前に、カルデックが受け取っていた高級霊団からの通信が預言もしくは暗示しているように見受けられます。

長くなりましたので、明日、ご紹介したいと思います。