スピリチュアリズムのBlog

スピリチュアリズムの日々の実践を心がけておりますスピリチュアリスト兼カウンセラーのブログです。生まれてこのかた無宗教です。またいかなる思想的団体とも関わりがありません。単独で活動することを信条としています

死後の、霊界生活事情としきたり(その1)



こんにちは。
久しぶりの更新になってしまいました。
みなさま、お変わりなくお過ごしでしたでしょうか?

さて、今日は、世界で初めてスピリチュアリズムの協会を立ち上げて普及に努めた "スピリチュアリズムの父"であり、世界三大霊訓の一つ、「霊の書」の著者であるアラン・カルデック(イポリット=レオン=ドゥニザール・リヴァイユ)が遺した、肉体の死後に関する霊界の事情やしきたりについてまとめたものをご紹介してみます。

ちなみにこれらの内容は決して「いかにもスピリチュアルらしく」創作されたものではなく、科学的な研究結果(事実)から導き出されたものであるとカルデックは書き記しています。(英訳されたものを訳してみます)


(1)霊界に戻った霊は、地上生活時代において正すことができなかった未熟さや不完全さに苦悩し、また霊界における自らの幸・不幸は、霊性の純度もしくは不純性の度合と比例する


(2)完全なる幸福は、霊の本質部分(魂、本体)の浄化が完遂した時に得られる
いかなる魂の不完全さや未熟さも苦悩を生じる原因であり、また幸福の源とのつながりや、苦悩が和らぐことを妨げてしまう


(3)魂の不完全性は、ただ一つの邪心のみが原因で生じるわけではない。
喜びの総量が魂の善良さの総量と釣り合うように、霊界で受ける罰の重さは未熟さや不完全さの重さに見合っている。

仮にもしある霊が10の不完全さをもっていたら、その霊は、3つか4つしかない霊よりも苦悩が増すことになる。
一方で、不完全さが4分の一か半分の場合、それに応じて苦悩も減ることになる。
そしてすべての不完全さが消滅した時、その魂は、完全なる幸福状態に達する。

また、地上で全くないか小さな病を持つ人よりも、いくつもの病気を抱えている人のほうが苦痛であるのと同様に、10個の善をもつ魂はわずかな善しかない魂よりも、より多くの歓喜に溢れているものだ。


(4)どの霊も、自身の意志と努力によって、潜在的に欠けている善を求め、また邪悪さからも解放されようとする。
その際、天界は、すべての個霊たちに門戸を広げ、招き入れる。
神はいかなる子らも拒まない。
そして霊たちは、自身の霊格の成熟度に応じた神の恩寵を受け取ることができる。

つまり神から与えられる恩寵は、霊自身の働きに応じて還元されるものである。


(5)苦悩は己れの未熟さの量に、喜びは完全性の量次第で左右され、いかなる状況であっても、自らの中に自身で罪を生じさせている。

地獄とはそこがどこであろうとも魂が苦しむ場所であり、天国は歓喜にあふれた霊がいる場所である。


(6)私たちが行う善と悪は、自身の霊性から生じる。

いかなる場合でも、自分にできる善を行わないということは、そこに魂の未熟さや不完全性が表れている。

自らの不完全性のせいで苦悩している霊は、自分が地上時代に行った悪行によって苦しむだけではなく、行わなかった善行にさえも苦しむのである。


(7)地上時代の悪行によって苦しむ霊は、行い続けてきた悪行の数々の一部始終を見続けることによってより問題点が自発的に理解しやすくなり、そしてそのことが自身を正しいほうへと導いてゆく。


(8)神の正義は無限であり、善と悪は厳密に精査される。
もしもそれがたった一つの、さほど致命的でもない程度の悪行や思考であっても、もしくは逆にごくささやかな良き行いであっても、評価されないことはない。
このことは、どれほど自分の非を認めない強情な霊たちの場合であっても同様である。
なぜなら、それらによって、自身に霊的進化成長していることが示されるからである。


(9)あらゆる過ちや罪は自分の債務となり、それらを必ず償わなければならない。
もしも一転生で償えなかった場合は、次の転生へと持ち越される。
けれどもその時もできなければ、また次の転生に持ち越される。
また、ある転生で償われた債務は、この先もう二度と償う必要はなくなる。


(10)霊は、地上生活(人間界)においても、霊界においても、自らの未熟さや不完全さによって引き起こされた苦悩を抱える。
地上生活で経験するあらゆる悲惨さや不幸は、霊の不完全性のために、今世と過去世で生じた過ちの償いである。

よって、地上生活で経験している苦悩や不幸の中身を観察してみると、過去世で犯した過ちがわかるし、その過ちを引き起こした原因である自分の欠点も知ることができる。


(11)償いの内容は、霊の気質や過ちの深刻さの度合いによって異なる。
したがって、同じような過失であっても、状況によっては軽減されるか、むしろそれよりもなお一層重い償いを生じる場合もある。


(12)償いの継続には、完成されたもしくは画一化されたルールはない。
そこには、どんな過ちも償わなければならないことと、いかなる善行もその価値は必ず認められるといった、普遍的な決まりがあるだけだ。


(13)償いの期間の長さは、その罰が、どれだけ成長を促せるか?にもよる。
事前に決められたものでもない。
神が霊の苦悩に求めているものは、真摯で効果的な成長と、真の善良さへの回帰である。
その場合、霊は常に自分で自分の運命を決める権限をもち、自身の邪悪さによって苦悩を長引かせることもできれば、逆に善行によって和らげるか短くすることも可能である。


(14)償いの期間の長さは霊的成長にかかっている。
自らを成長させようとしない霊は延々と苦悩し続け、またそのような霊への罰は永久に続く。


(15)霊的成長や学びがあまりできていない霊たちは、彼らの置かれた状況の成り行きがわからないので、自分たちの苦悩は永遠に続くと思い込んでしまう。


(続く)

死後の、霊界生活事情としきたり(その2) - スピリチュアリズムのBlog


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