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スピリチュアリズムのBlog

スピリチュアリズムの日々の実践を心がけておりますスピリチュアリスト兼カウンセラーのブログです。生まれてこのかた無宗教です。またいかなる思想的団体とも関わりがありません。単独で活動することを信条としています

霊や死後の存続を認めがたい理由。

■ 霊性の進化のプロセス ■ 霊性を高める ■ 輪廻転生 ■ 自殺をするとどうなるのか?


※ 2015年11月に公開していた記事を再掲しています



霊や、死後も霊界で生き続けるということを、どう理性的に考えても否定できなくて直感的に(素直に)確信している人もいらっしゃれば、頭から全く受け入れられない人たちがいらっしゃいます。

その差が生じる理由は個人個人で異なるのでしょうが、ただ、スピリチュアリズム(仏語ではスピリティズム)の父と称されているアラン・カルデックが、その根本的な理由について、彼の名著 『天国と地獄』の中で説明されています。

それはこういうことらしいです。

「霊界から地上に転生してきたのなら、直感的に、霊界があることはわかりそうなものなのに、それでもなお唯物主義者になってしまうのはなぜか?」という疑問がある。

前世(一つ前の過去世)からの傲慢さを引きずっている者、みずからの過ちをしっかり悔い改めていない者は、その "直感" が断たれているのである。

そして彼らは地上の物質界で生活している間、繰り返し、自分の目前に示されている大霊の存在と死後の生命の存続を、自分の理性だけで気づいて理解していかなければならないのである。

しかし思い上がりが激しいために、自分(自我)を超える存在を認めることができないので、再び傲慢のせいで過失を犯してしまう。
そして苦悩することになるのだが、その苦しみは、彼らが自分のうぬぼれや傲慢さを捨て去り、真理(真実、摂理)の前にひざまづくまで続くのである

つまり、うぬぼれや傲慢といった霊性の未熟さとか、前世の失敗(カルマ)を改善するために、あえて霊界とのつながりが閉ざされてしまっているんですね。
シルバーバーチをはじめ、ほかの高級霊たちもしきりに、「うぬぼれや傲慢を無くしなさい、素直で謙虚になりなさい」と勧めているのは、こういう理由もあったのですね。


けれど、

  人も世間も他人に冷たい、親兄弟も含め誰も人のことなど気に掛けないし、助けてもくれない。
  人生に夢や希望なんて持てるものか。
  生きることは地獄だ。

「この世に神なんているものか!」 なんて "後がなくて" 救いもない(心の支えや希望がない)ような生き方をしていくのは、もっと辛いだろうなと思います。
もしくは、「くだらない。あほらしい。バカじゃないの? みっともない」と、常に人や物事(世間)をなめたり見下して生きている人も。 

ただ、私はそうなのですが、どうしようもなく辛いときは、「神さま、どうぞお助けください! お力をお貸しください(正確には、神じゃなく守護霊さんたちに語り掛けてますが)」と心の中でつぶやきます。
(私は今までもこれまでもまったくの無宗教です)

それは、それだけでも、辛さが和らぐような気がするから、なんですね (ですが、神様が具体的にその苦悩の解消のために本人に代わって何かをしてくれることは、あてにしていません)

ただ、霊界側(ヘルパーさんたち)では、そうした人が思わず「誰か助けて!」と、傲慢なうぬぼれやプライドを捨てて、謙虚な態度に出るのを、"待っている"気がします。
それが、気づきや改心が始まる、絶好のタイミングなので。

ですから、守護霊も背後霊も、一見残酷そうに見えますが、本人がもう我慢できなくて本気でそうしたくなるようなひどく苦しむ段階まで、手を差し伸べることなく、じっと眺めていようとするのだろうと思います。

(ただ、もちろん彼らも本人と同じ苦しみを共有していて、一緒に苦しんだり悲しんだりしています。
ですがかといってもしもそこで手を貸してしまうと、本人の霊的向上が先延ばしになってしまいます。
この先も再び、同じ苦しみを迎えることになってしまうんですね。
子育て中の親御さんもひたすら我慢と辛抱の連続であるように、守護霊たちもそれ以上に辛抱強いものです。
そしてその辛抱強さや我慢強さは、愛情 から来ています。
ですから、こうした我慢や辛抱は尊く、また出来たに越したことがないと言えます。
またこれらが、わがままのブレーキにもなりますし)


私たちは通常、常に守護霊や背後霊と意識がつながっていて、直感を通して、交信しています。
そこで、ひらめきや直感のほとんどは、自分の潜在意識からではなく、実は霊たちからの通信なのだそうです。
ただ、霊の中には、低級霊や邪霊がいて、人間をからかったり苦しめようとして、わざといい加減なことを流しては、困っている人間を見て楽しんでいることが少なくないそうです。
ラジオの電波と同じように、自分の霊性の周波数に見合った霊格を持つ霊とつながりやすいんですね。
そして高級霊になればなるほど、電波が弱く、つながりにくくなっています。
(これはチャネリング(交霊)セッションを受ける際の注意点でもあります)


話を戻します。

とにもかくにも、上のような理由から、あえて霊界との交信が遮断されている人もいて、するとその人は霊や霊界の存在、なので死後も生き続けるということが、全く受け入れられなくなるようです。

そして直感が鋭い人、受け取りやすい人ほど、スピリチュアリズムの根拠を(地上的な方法で)示せなくても、感覚的に「どうしても否定できない。わかっている」ので、自分の考えへの信頼が高まります。
それはこれまでの人生の中で、時折、「不思議な経験」をしているから。
そしてその経験の始まりは、ひらめきや直感のはず。
「そうだ、あそこに行かなくちゃ」と思って言ったら、そこで「不思議な経験をした」、ですとか。
(ちなみに私が確信しているのは、何度も煙やカスミのような霊を見たり、寝ている体の上を歩かれたり、はっきりと写真に写ったり、2回憑依されたり、チャネリングで自分たちしか知らないことを指摘されたりと、繰り返し心霊現象を経験してきているので、むしろ否定のしようがないからです。 あると受け入れた方がつじつまが合うことばかりで)

また睡眠中も私たちの霊体は、肉体を抜け出して霊界に移動したり、霊人たちとコンタクトし、アドバイスをもらったり、死後に戻ったあとの準備をしているのですが、その際の「記憶」も、直感が遮断されている人よりもされていない人の方が、(夢として)より鮮明に残りやすいと思います。


このブログは、スピリチュアリズムに懐疑的で否定的なかたの考えを変えようとして、公開しているのでありません。
一人一人が自分で考えて選べる自由意志を与えられていることと、また霊的成長度に合った最適なタイミングが訪れた時に抵抗なく自然に受け入れられたほうが、そのかたにとっては最良と思うからです。
気づいていく段階や順序というのがあって、自分が過干渉をすることでその流れを乱し、邪魔をしてはいけないと気を付けています。

ただ、「こういう事実や情報」があるんですよ、という、情報提供(学びへのきっかけづくり)は意識しています。

なので、こうした記事をお読みになられ、どのように受け止められるかは、みなさまのご意志にお任せします。


<参考資料>
アラン・カルデックの「霊との対話」1
アラン・カルデックの「霊との対話」 2


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