スピリチュアリズムのBlog

スピリチュアリズムの日々の実践を心がけておりますスピリチュアリスト兼カウンセラーのブログです。生まれてこのかた無宗教です。またいかなる思想的団体とも関わりがありません。単独で活動することを信条としています

スピリチュアルな生き方原典より(3)



こちらの投稿は、本館ブログ(7/9付) で投稿したものを、一部加筆修正したものです。

みなさんの心が安らぎと平和に満ちるためのお手伝いができますように。


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少しだけ修正してから転載してあります。

みなさんの心が安らぎと平和に満ちるためのお手伝いができますように。


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最終回です。
以前の投稿の続きになります。

spiritual358.hatenablog.com

spiritual358.hatenablog.com


こちらのご本を参考、またはお借りしています。
ところどころ抜粋したり、わかりやすく読みやすくするため、現代風に表現を変えてあります。


スピリチュアルな生き方原典―日本神霊主義聴聞録



私は子供の頃から成人した後も、たびたび霊を見たり、直接触れたりと心霊体験が多いため、霊も、そして霊のいる世界(死後の世界/霊界。なので輪廻転生も)はあると確信し、自主的にその勉強をしている、自称スピリチュアリストであり心霊研究者です。
ちなみに、過去・現在・未来と、宗教団体や思想的な集団に加わったことはありません。

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世間が不幸とみるものを不幸とみず、むしろ喜びと感じ、感謝するゆとりをもちなさい。
この喜びによって、過去の誤りはすべて精算される。
これは個人に限らず、家庭、会社など、集団にも通じる法則である。


自己を主張しようとする者(※ 我や欲が強い人)は、必ず不自然となる。
自己にとらわれると、その結果は失敗と不幸である。


世間を見るに、むしろ『反省心のない人が大いに活躍して成功し、愉快そう』で、逆に『反省する人は畏縮して家庭や社会でもあまりうまくいかない』と言う人があるが、これは間違っている。

反省しているという人の "反省" が、果たして正しい反省かどうか。
すなわら神霊主義(※ スピリチュアリズムの上に立った反省であるか否か(意念の不統制・・清らな心が保たれていない、エゴがある)。

正しい反省(意念の統制)なら、いまが不幸でも、そのうち必ず幸福となる。
ただしその時期は因果律によって個人差はある。

逆に反省心なく成功している人は、表面では幸福そうでも、中へ入ってみたら本当に幸福かどうか。
またこの人は因果律によって必ず不運に見舞われる。
恐らくそれはこの人の地上生活中に起こるだろう。

人を苦しめた者の報いは、通常その子どもに関わることから起きることが多い。
例えば、あくどい金を握った者が、子供のことでいかに苦しめられるケースの多いことか、よく注意して見てごらんなさい。



人と対立し、争い、これを恨む。
それでは調和はない。
調和がなければ何事もうまくいかない。

調和を得るため、意志の力で相手を変えようとする。
変えられるものではない。
これは我の働き、自惚れ心の表れであって、自分を強く押し出せば出すほどに相手もこれに応じて反抗し、調和はますますこわれる。

「相手が」という気持ちがある間はいけない。
我の強い人は相手のことを批判し、向上心の強い人は自己を反省するのです。


相手の言う事がシャクに障る、相手の言葉が間違っている。

そうかもしれないが、その心その言が自分にもないか?
いや、必ずある。

とかく人間は自分の事は自分に判らぬもの。
という気持ちで相手から学ぼうとせよ。


感謝の心が生まれる時、ゆとりが生じる。
その心で人に接する時、相手も初めとは違った気持ちになって、話し合ってみようという円満な空気が生じる。
こちらの心が相手に伝わり、相手を変えたのです。