スピリチュアリズムのBlog

スピリチュアリズムの日々の実践を心がけておりますスピリチュアリスト兼カウンセラーのブログです。生まれてこのかた無宗教です。またいかなる思想的団体とも関わりがありません。単独で活動することを信条としています

メモ。


これまでこちらでご紹介してきた投稿の中でも自分の心に響いた内容をまとめてみます。



こちらの過去記事から。
スウェデンボルグが語る霊界の様子とは。 - スピリチュアリズムのBlog

天国(霊界)は、数え切れないほどの「無私」で出来ている。
一方で、地獄はというと、数え切れないほどの反対のもので出来ている。


そうして本来の霊格が露わになって真の姿に変わるのが第二段階。

この段階では、"穢れた心で汚いことをするかどうかを試される"。
もしもそのようなら、それまで(邪霊から)守ってくれていた上級霊たちが立ち去ってしまう。
そして入れ違いに邪霊たちが新参者を取り囲み、ウソをついたり誘惑をして惑わせる。
また時には襲い掛かって身体を引き裂いたりなど、恐ろしい行為がなされることもある。

そこでこの段階で自分の心の汚れを素直に認めて反省するか、それとも邪霊化して "地獄" へ行くか。


スウェデンボルグは、極度の不安や心配症のような、強迫神経症的になることを警告している。

「何かがある決まったやり方で起こるなどと心で決めてしまうのは、例え小さな事であっても要注意である。
なぜなら、邪霊はその考えをキャッチして支配するためのとっかかりにし、不安や心配を増加させ、絶対にそうなると信じ込ませ、バカらしいほど誇張させた結果、その人から思考の自由を奪ってしまうからだ」


地獄を支配しているのも愛である。
がしかしその愛は、自己を愛する、利己愛だ。


天国(霊界)では全員が他人に奉仕したがるのに対して、地獄では、他人を支配したがる。
地獄には、良心の呵責を感じる霊はいない。


中でも最悪なのが、自己欺瞞的な利己主義だ。
自分の霊魂の中に悪をもつ人間たちは、表向きは正直さや上品さで包んでいるので、彼ら自身も自分の悪さにはほとんど気づけないでいる。

そんな彼らが自らの真の姿に直面するのは、死んでからなのである。




スピリチュアルな生き方原典―日本神霊主義聴聞録 より

幸福に天井はないのである。
健康・家庭の和・事業の繁栄はもちろん幸福だが、私達はこういう幸不幸を乗り越えて進まねばならない。

人間そのものが幸福である。
生きることそのことが感謝である。
この心境に達するとき、これが本当の幸福への道である。

個々の幸不幸にとらわれる者は幸不幸を繰り返す。
心のどん底に人間そのものの幸福を知りえた者は、再び不幸を繰り返すことはない。
何となれば、奥の心によって幸不幸がつくられるというのが、霊魂研究の帰結であるから。


自分の家に、因縁霊が働いているなどという考えを捨てよ。
因縁霊は悪いことはしない。
自分の心の波長、それが因縁霊に働く機会を与えている。
その心を無くせ。


我の強い人は相手のことを批判し、向上心の強い人は自己を反省するのです。


とかく人間は自分の事は自分に判らぬもの。
という気持ちで相手から学ぼうとせよ。