スピリチュアル レッスン ー スピリチュアリズムの探究記

スピリチュアリズムの学びや経験から得たことや、自分自身の変化を記録してゆきます

前世の記憶


こんにちは。

今日は前世の記憶について書いてみたいと思います。


前世を記憶する子どもたち




先に進める前に、ちょっと脱線しますね。
少し前に遠藤周作さんの小説を読んでいたところ、この本の話が出てきてびっくり。
主人公がアメリカ在住の親戚から「今、全米で話題になっている」と教わってるシーンがありました。
ただ他の本でもキューブラー=ロス博士について取り上げられていたりして、遠藤さんが死後の世界や存続に関心がおありで、しかも同じ本を読んでいたとわかったらなんだか嬉しかった私でした。



さて、その本ですが内容はと申しますと、アメリカ人精神科医の著者が40年の歳月をかけ、世界各地の2000もの事例を検証し、結果をまとめて論評を記したものです。
続編も出ていますが、違いは最初の本はアジアを中心とした12例のみだったのが、続編の方はヨーロッパを中心とする40事例を紹介しているという点です。
さらに、最初の本では、子どもたちが語る生まれ変わりの話に共通する特徴や、真偽の見分けかたのヒントになる話がいくつも出てきます。
他方で続編の方は、事例の報告とそれを博士がどのように検証して本物としたか、事例ごとに見解や解説をされているという作りになっています。 また字も大きくなっているので、この本と比べると情報量は少なめです。


今回取り上げたほうの本は専門家向けといいますか、(いろんな意味で)読みづらくはあるものの、前世の記憶や生まれ変わりに関する情報については深く、また「安心して」読める点でも良書と思います。



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ところで前にも書きましたが、私は幼少期から数年前まで、霊の姿を何度も目撃しています。
最初は子どもの頃、夜中に目が覚めたら、水蒸気や煙のように白くてモヤっとしてしっぽが長いネコが部屋中をぴょんぴょん飛びまわっていたり、やはりぼんやりしてて白っぽい色をしたネズミの霊が鴨居の上を走って神棚の中へと入っていくのを何度か目撃しています。
それからイギリス滞在中は、ベッドで仰向けに寝ている身体の上を人が歩いて行ったり、京都のお寺の前で撮った写真に顏だけの赤ちゃんや柴犬のような犬の霊が4、5体くっきり映ってたですとか、あるいは撮影の仕事で行ったロタ島の太平洋戦争時の野戦病院の廃墟で日本の兵隊さんに憑依されたりですとか。
などなど、様々な心霊現象を体験してきました。
そしてそうした経験がスピリチュアリズムへと感心や興味を持ったきっかけでした。

霊は存在する、ということは人は死なない。
ということは、死んだらどうなるのだろうか?

疑問は膨れるばかりでした。


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アポーツの現象も含め、心霊体験の種類はいくつかありましたが、そのうちの一つに自分の前世を思い出した、というものもありました。

20年前、私は英国に留学していて、当時はロンドンに住んでいました。
ちょうど誕生日の晩でした。
自宅に遊びにきていた友人と深夜おしゃべりに興じていたら、突然意識がもうろうとして、トランスし始めました。
その友人はかねてから私のスピリチュアリズムの先輩や先生でもありました。
ですので、私の異変の意味をすぐに察知してくれ、機転を利かせ、私に質問をし始めました。
その時の私はというと催眠状態のように、自分の意識はあるものの、聞かれるままにしゃべってました。
そして次々に語られる内容や頭に浮かんだ映像はどれもその時が初めてのものばかりでした。
(憑依でもありません、憑依された経験があるので違いはわかります)



西暦500年頃、私は現在のチュニジアの海沿いにある港町で暮らしていました。
「街の名前は?」と友人に聞かれた時、すかさず「タバルク」と答えました。
またそれから、場所や地形、街の景観について語り始めました。
その時「見えた」光景は、今でもはっきり覚えています。

その前世の時も、私とその友人と友だちだったようでした。
当時は二人共男性で、白くて丈が長くふんわりしたチュニックのような服を着て、酒場で一緒にお酒を飲んでいたり、馬に乗って移動してました。

そうこうするうち意識が戻ってき始め、我に返り、トランスは終わりました。


興奮で一睡もできないまま、翌日私は本屋さんに向かい、そこでチュニジアのガイドブックを探して事実かどうかを確かめようとしました。
すると、位置といい、景色や特徴、名前といい、私の記憶通りで、確かにその町は実在していました。
古代遺跡もあるそうで、ちょっとした観光地のようでした。
港町だったことも当たっていました。
風景写真を見ながら、懐かしさよりも衝撃の方が大きくて、手が震えました。


実はそれまでチュニジアがどこにあるのか、またそんな名前の港町があり、その付近の様子がどうなのかということも、まったく知らなかったんです。
なのになぜ自分がこんなことを知っていたのか。
やはり前世の記憶だったとしか、つじつまが合わないように思いました。


ちなみに友人は以前一人でチュニジアに旅行したことがあり、彼女の部屋にあった民族楽器やグッズはその時現地で買って持ち帰ってきたものと後から聞かされました。 そこで彼女は自分も前世でチュニジアに住んでいたかもしれないとわかり、腑に落ちたこともあったようで、喜んでいました。


こうしたことは「妄想じゃないのか?」「自分の願望や創作話では?」と自分を疑いました。
けれどチュニジアのケースは符合していましたし、それに霊的なものや前世の記憶というのは何十年経っても、最初に思い出したものを鮮明に覚えていられるもの。
特に後者の点についてはスピリチュアリズムの知識があるかたならご存知のことで、上の本の著者であるイアンさんも、同様のことを書いてらっしゃいました。


長くなりましたが、なので私は生まれ変わりを確信していますし、またちまたで行われている「前世リーディング」については以前からずっと疑問視していました。

E氏やMさんの話も、スピリチュアリズムを知れば知るほど、本物の過去世をご覧になっているとは到底信じがたいです。
とはいえ、Mさんは好きですが^^



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それでは個人的に前世の記憶について「知っておくべきポイント」と感じる点について、こちらの本から抜き書きし、書き出してみたいと思います。


●死後の存続を裏付けるものは、死者の霊の姿、臨終のときに見る幻、臨死体験、体外離脱体験、前世の記憶(生まれ変わり)、霊界通信


●前世の記憶がある人には、テレパシーや透視能力が備わっていることがある
(これはダスカロスも同じことを言ってました ⇒ メッセンジャー


●霊に遭遇した人とその霊の側も、ほとんどの場合、お互いに愛情がある
また、接触があった際、双方の間で交わされる交信は、死や何らかの深刻な病気や事故と関連していることが多い


●P70

料金を支払って、”過去世リーディング” を依頼する者は告げられた内容を鵜呑みにするのであろうが、私が見聞きした範囲では、そうした発言を信ずるに足る裏付けを得ることはできないのである。
ほとんどの場合、多額の金銭を一様に要求するが、そういうことさえなければ過去世リーディングは悲しみの元ではなく笑いの種になるのかもしれない。

過去世リーディングを一度受けた経験のある者の大半は二度としていないらしいが、私にとってこの事実は驚きである。
(※異なる能力者に観てもらって比較すれば)、即座に料金を払い戻して欲しいと思うことだろう。

(※けれども)二人の能力者が連絡を取り合う機会がなかったにもかかわらず、全く同じ内容を語ったという事例を私は2例知っている。
しかしその場合、客と能力者の間にテレパシーが働いた可能性も考えられる。



普通の夢は脈略や首尾一貫性を欠き、全体として非現実的なようだとは言えるだろう。
前世の夢では、その場面は完全に現実的で首尾一貫している。

周囲は細部に至るまで、覚醒時と同様に鮮明かつ自然であり、その夢とは異なり、事物が奇異に感じられることがない。
その夢が繰り返される場合には、毎回内容が全く同じであり、その夢の(危機的状況に陥った時点が多いが)同じ場面で目覚めるのが普通である。

最後に、この型の夢は(一度見ただけでも)記憶に鮮明に刻み込まれ、大方の夢とは異なり、忘れ去られることがない。

私は、繰り返し生ずる鮮明な夢の中には、前世の記憶に由来するものがあるのではないかと考えている。(※ けれども確認のしようがない、とも)



●瞑想中に前世の記憶を思い出したケースはほぼ皆無に等しい(※)


●前世の記憶を思い出そうとして瞑想をすると、 幻想を作り上げ、実際の記憶と取り違える恐れがある(※)


●子供の頃に、今とは反対の性別でありたがる子供は、前世の記憶があるのかもしれない
(性同一性障害についての記述もありました)


●前世の記憶を持つ子供が初めてその話をするのは2歳から5歳がほとんど
記憶に残っている前世について話し始める平均年齢は3歳2ヶ月である


●前世の身元が確認された子供は平均で7歳半まで 、確認されていない子供は平均6歳弱で前世について話すのをやめている
また彼らは、5歳から8歳のうちに、前世の記憶を喪失する


●多くの場合、前世の死の直前の出来事を覚えているケースが多い
また、3/4の子供は、前世の自分の最期を覚えている


●しかも自然死よりも横死を遂げた時の方が死の様子を記憶している比率が高いし、横死をした人のほうが生まれ変わるのも早い
その場合何かの恐怖症になっていることがある。 溺死していたら水を怖がる、とか。


●前世で死亡後、現世に生まれるまでの間に起きた出来事については、ほとんどの子供は語らない
その間の記憶は空白になっているのが普通である


●習ってもいないのに何らかの技能を示したり、並々ならぬ能力を見せたりする者もいる

●前世では親友や恋人同士だった人たちが双子として生まれることがある

●前世の憎しみや恨みでその親の元にあえて生まれてくる子どももいる

●前世で裕福だと、社会的地位や生活レベルが今生で降格するケースが多い。前世のせいか

●自殺者があの世で何百年も自分のした行為を反省するということはない
またそういう人は現世でも自殺に関心をもちやすい


●P324(特殊な例)

(※)仏教やヒンズー教には、瞑想を繰り返し、徳を積むことで霊性を高めれば、心が浄化され、記憶力が向上するという信仰がある

チベットのトゥルクは、霊性の高いラマ僧だった前世を記憶しているといわれる
こうしたラマ僧はたいてい、(前世では)正規の修道生活を送っており、ほとんどの者が自然死を遂げている
こうした生活を送ったものは非凡であり、霊的修行を通じて身につけた清澄な心を、次に生まれ変わってからもそのまま保持し続けたのではないか

前世で敬虔かつ高潔な人物で前世を覚えていた場合、全員が、自然死だった
またこうした子供たちも、幼少期から敬虔な態度や高潔な姿勢を示すことが多く、そのことから、前世の人格がもっていた霊性のイメージ記憶はもちろん、行動的記憶も保持しているのがうかがわれる

前世が敬虔な人格の持ち主だった場合、生まれ変わるまでの間隔は、他の事例よりも早かった
なのでおぼえていやすいのかもしれない




最後に私の意見です。

前世を覚えているからといって、必ずしもその人が優秀で、特殊な能力や運命/使命をもっているというわけではありません。
(この本の事例の中には、前世で罪を犯していたり、殺されたと話す子どももいました)


また、その後の追跡調査でも、成長した子供たちは普通の人と変わらない(特殊ではない)、平均的な生活を送っていました。
そしてそれは彼らの前世でも同様です。
つまり、前世を覚えていたからといって、その人物を特別視すべきではないことを、強調しておきたいです。
もちろん、自分の前世を覚えているのでせいいっぱいで、他人の前世が判る人などこの世に何人いるか?というくらい、前世リーディングは難しいことということも書き加えておきます。


それから記憶力が良い人のほうが前世を覚えていやすいようです。
(私も記憶力は良いほうです。例えば1歳半の時、祖母の葬儀に出るために家族で旅行した時の様子や、その時祖母の霊と遭ったことまで覚えています。 2年ほど前まで5才くらいの時のことだとばかり思っていて、ある日母に尋ねたらそれは私がまだ1歳半の時のことと判明。また記憶も細かくて正確だったそうでした)
 
ただ個人的には、ご本人になんらかの理由があって「覚えていた」、もしくはその人の成長や誰かの為にも今生で「思い出す」必要があったのかもしれないと考えています。



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