スピリチュアル レッスン ー スピリチュアリズムの探究日誌

スピリチュアリズムの学びや経験から得たことや、自分自身の変化を記録してゆきます

背後霊たちがしてくれること



(都合により当分の間、予約投稿をしています)


こんにちは。

こちらの本から抜粋してお借りしています。

霊力を呼ぶ本―生きがいの発見




誕生の瞬間から、あなたには愛情の絆または血縁関係によって結ばれた複数のスピリットがついている。
いわゆる背後霊である。


念のために言っておくが、背後霊は人間の霊であって神話に出てくる翼のついた天使ではない。
その背後霊は血縁関係でつながっている者もあれば、霊的近親関係で結ばれている者もいる。
その霊たちはあなたを通じて地上の人類のために尽くしたいという願いから、あなたを一つの道具として選んだのである。


中には、「もしも死後の世界があるなら、自分は煩わしい地上生活なんかとは永遠におさらばしたい」などという人が割りに多い。
が、実際にあの世へ行ってみると、後に残した愛の絆のある人々のことが気になって仕方がない。
なんとかその人が死んで再会する日まで面倒を見てやりたいという衝動を覚えるものである。

死後の世界は実に素晴らしいところではあるが、愛する者のためには、霊はその楽しみを犠牲にすることを厭わないものである。
これをシェイクスピアは、「どんなに大雑把に考えていても 、それを美事に仕上げてくれる神霊はいる」と表現している。 まさにいい得て妙である。



祈りにおいて一番大切なのは至心である。

言葉の数の一つでも多いとか、何かの教典の名文句だからということで神がそれを喜ばれるわけではない。
また何を通してほしいということを述べる必要もない。
なぜなら神すなわち無限の知的存在は、全知全能なるが故に、あなたから聞かされなくても、あなたが何を求めているか、あなたにとって何が必要であるかはすでにわかっているのである。


場合によっては何の救いの手も差し伸べられなかったということが、実は "神" の配慮であったということもあり得る。
なぜならあなたの求める通りにしてあげることが、必ずしもあなたの精神的ないし霊的な成長にとってプラスにならないかも分からないからである。


利己心から出た祈りはその祈り自体が目的の成就を頓挫させてしまうが、至心からみた祈りは決して無駄に終わることはない。
至心そのものが神の救いへの扉を開くからである。


悩みや苦しみ、あるいは窮地にあって、人間として可能な限りの努力を尽くして初めて、高級界(※ 高級霊)の援助を求める資格ができる。
そうした祈り、そしてまた、自己の内部に潜む力を開発したいと望む祈りは、高級霊の波長に近づく、一種の霊的行為なのである。
それは否応なしに自己反省を迫る。
己れの無力を自覚し、少しでも価値ある存在たらんと一心に望む。



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