スピリチュアル レッスン

スピリチュアリズムの学びや経験から得たことや、自分自身の変化を記録してゆきます

スピリチュアリズムによる『幸福への道』


こんにちは。


スピリチュアリズムとは、「心霊主義」「霊実在主義」のことを言います。


ざっくりいうと、

人は死なない=生まれ変わる。
そして、人間に生まれ変わり、肉体の死、なので寿命が続くまで生きなければならない理由は、自らの霊性を向上させるため(地球に転生せずに、より"神霊"に近い、上の意識界層の住人になることを目指す)、である。


といった知識です。



ちなみに、私がどうしてスピリチュアリズムを支持するようになったか。
それは、子どもの頃から霊を目撃したり触れるなどの心霊現象を幾度となくしてきたからです。
そのため、私は理屈抜きで、霊はいる=霊界(来世や前世)はある、生まれ変わりはある、と確信しています。




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ということで、スピリチュアリズムを意識しだし、これを自分の生きる指針のようなものにし始めてから30年になります。


辛く苦しい時ほど、スピリチュアリズムのことを想い、考え、その教えに従って過ごすことで直接的間接的に救われ、ピンチを抜け出せた経験は数えきれません。


けれどかといって「ただ、霊を盲信すればいい」わけでもなく。
むしろそれをすると、心にスキが生まれ、周りにウヨウヨたむろしている邪霊たちにつけこまれるので気をつけています。

思い上がり、過信、うぬぼれ。これらは、霊的向上の大敵なのですね。

それから怒りも。

(これはほんとに猛省しています。特にこの3年は自分でいうのも何ですが、ひどかった。また不思議とそういう時はスピリチュアリズム/善霊たちとも疎遠になります。だからますます生活が荒れました 恥)





スピリチュアリズムは宗教ではありません。
カバラや神道と同じようなもので、今生をよりよく生きるための知恵、概念みたいなものです。


また、シルバーバーチ等高級霊たちが勧めているように、"組織的に実践する" ものでもありません。
なぜなら、スピリチュアリズムの実践は一人ひとり今生の課題やテーマが異なりますし、自分(エゴ)との闘い、孤独なトレーニングみたいなものだから。
さらには、組織化することで、カルトのような暴走、トラブルも起きかねません。

ましてや、霊能力などの特殊能力を開発するための方法でもありません。(これも邪霊に憑かれ、騙されます)



なので、私には(人間の)スピリチュアリズムの師はいません。


「師」と呼べるものがあるとすれば、それは、スピリチュアリズム関連の本です。

どれほど立派なかたでも、必ず、大なり小なり「我=エゴ」はありますが、その点書物は、お互いに程よい距離をもって「つきあえる」ので、安心です。


ですので、これまでもこれからもスピリチュアリズムは、自分で考えたり判断し、自分の責任において実践するようにしています。



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いずれにしましても、スピリチュアリズムを知れてよかったと私は思っています。

その理由を、今回も脇長生さんの言葉からお借りしてみようと思います。
試してみると、実際に、脇先生のおっしゃるとおりだったから、です。

徹底して試したことがないかたには、まさか?と思われるかもしれませんが。



こちらの本から要所を抜粋してお借りしています。
ちなみにこの本は、霊との付き合い方も含め、スピリチュアリズムの心構えや実践方法についてコンパクトにまとめられており、それを学んで実践する人たちにとってはテキスト代わりになると思います


スピリチュアルな生き方原典―日本神霊主義聴聞録




【40】
人間には使命がある。使命達成は守護霊との合一から

人は生まれながらに使命を賦与されている。
使命とはその人の霊魂が持っているもので絶対的なもの。
しかし世の人は自分の好みで勝手に決めてしまう。


世の中の一貫した仕事に熱心で成功した人を霊的に調べてみると、それが本人の使命であることがわかる。
また使命の発揮は守護霊との関係が深い。
すなわち守護霊は本人の使命達成を、使命としているから、守護霊と一体となっていなければならぬ。


世の成功者はこのことは知らないが、これが自分の天職と 勇往邁進していく。
その心がけを調べてみると、必ず、意念の統制(精神統一や感情のコントロール)、心身浄化に心を向けている。

人は彼を精神主義者とか宗教的信念で生きているとか評する。しかし例外なく、金の事より社会奉仕を信条としている。


これが意念の統制であり、守護霊の働く道である。
守護霊が働いて初めて、本人の使命は100%発揮され、成功に至るのである。
(けれど、よほど心を浄化して鍛錬しなければ、なかなか守護霊さんと直には交流できません。最初は "背後にいる" ご先祖などの善霊さんたちくらいです)




【116】
(エゴ)を無くすためには奉仕

心霊主義の目指すものは人間改造である。
あなたが心のどん底から変わることである。
薬のように局所的に変えれば良いというものではない。


全体を洗い流す石鹸、これが心霊主義である。
それは一度洗ってもダメ、二度三度と続けて洗う。
これが精進である


しかし望むところは、いっぺんで全体を変える石鹸になれ。


我、これを洗い落とせば、あなたは一変する。

だが遺憾ながら、あなたがたの使っている石鹸はむしろ、”我印” の石鹸ではないか。
我によって我を落とすことはできない。
我を落とすものは、奉仕、これ以外にない。




【194】
統一の目的は天分発揮にあり

良い統一が進むと背後は整理され、病気は治り、悪い性格は矯正される。
しかしこれが統一の目的ではない。


統一の目的は、本人の天分才能の発揮、これである。


しかし、本人の健康増進、性格の矯正が完遂されなければ、天分天才の強力な発揮の段階まで進まない。




【392】
守護霊に頼れば、守護霊は働けない

心霊の世界に入る者(霊魂を認める者)は、他力的な気持ちを持ちがちであるが、これは大間違いである。

守護霊に頼る、善霊に頼る、精神統一に頼る、指導者に頼る。
こういう人は必ず責任を他に転嫁する。『あの霊魂の仕業である』、と。


とどのつまりは何でも霊媒に頼り、背負い投げをくって不幸になる。これがそのオチである。


自分に能力がないのならそれも良い。
しかし人間には、使命を達成するに必要な一切の能力が備わっている。
自分に備わっている力は、自分のためにあるのだから、自分で開く。

このとき使命が達成できる。


自己責任の気持ちがあると、この世の組織では必ず援助者が現れる。
すなわち、その心に応じて守護霊が働く。
またこの心に応じて、人間関係でも援助者が現れる。

この心を持っているなら、波長関係で同じような者が集まり、これが一つの力となって、大きな力を発揮する。




【411】
霊魂にとらわれる者は神霊主義者ではない

中途半端に心霊を学んだ人は、何か事があると必ず、「霊魂の仕業だ」と考える。
人間は心で生きているから、その心に原因があると考えねばならぬ。


私が心霊を解くのは、現在の学問では、人生の問題も幸福も説明することができないから。
これによっているだけである。


要は、霊魂のことは考えず、ただ奉仕の心一筋で、生きよ。


何事も自然で行け。
自然とは感情(我)のない状態である。



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