スピリチュアル レッスン

スピリチュアリズムの学びや経験から得たことや、自分自身の変化を記録してゆきます

生きることに疲れてらっしゃるかたへ




今日は、世界でいち早くスピリチュアリズムを世に広める活動を始めたアラン・カルデック氏の名著「霊の書」の一部をご紹介したいと思います。

その前に、スピリチュアリズムをご存じないかたのために、少し説明をさせてください。


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今から200年ほど前、優れた教育者であったアランカルデック氏(ペンネーム)

当時ヨーロッパやアメリカでは心霊現象が多発。
霊媒(チャネラー)を通じ、頻繁に地上に現れる「霊との交信」が盛んに行われていました。
そしてカルデック氏もスピリチュアリズムに関心を持ち、交霊会に参加。
研究していくうち、「死後の世界があることは紛れもない事実。これはほかの人たちにも伝えなければならない」と確信。
そうして生まれたのがこの本です。


スピリチュアリズム(霊たち)は、「宗教は腐敗している」と、その在り方を否定しています。
ですので、当然宗教界からの反発は強く、それを批判するような行為は命がけだったようです。
そんな中カルデック氏はこの本を出版されました。
一大ムーブメントを引き起こしたそうです。


身の危険を感じたり、嵐のような混乱があっただろうと思います。
それでもひるまず、自分を信じて突き進んだカルデック氏。
やがて氏に賛同し、自分の魂の声に従って真理を生きようとする人たちが次第に彼の元へと集まり始め、活動は組織化されてゆきました。

ja.wikipedia.org



この本に出てくる霊たちも、「誰もが、何が真実か、本物かは必ずわかるはずだ」といいます。
筋の通った説明や証拠があろうとなかろうと、会話の中身をしっかり見ようとすれば、自分の直観(第六感)を通して感覚としてわかります。

が、その後、それを受け入れるか、それとも否定するのか。
それはその人自身がご自分で判断することで、誰一人、強いることはできません。



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この本は、シルバーバーチの霊訓で知られる近藤千雄先生と、桑原啓善さんの、お二人によって翻訳されています。
(近藤先生は原書のフランス語版と英語版、両方を使って訳されたそうです)

私も両方読みましたが、こちらの近藤千雄先生の訳し方や解説が良いように思え、こちらの本を支持しています。



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前置きが長くなりました。

ということで、近藤先生と、私たち人間に惜しみない愛と知恵を与えようと奔走している霊たちとの共同作業で生まれた名訳の一部を上の本からお借りして、僭越ながら、ここでご紹介させていただこうと思います。


生きることに疲れてらっしゃるかたの心が、
やさしく温かく潤いますようにと
祈りを込めて。




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P325 

〈厭世観と自殺〉


ー これといった理由もないのに厭世観を抱いている人がいますが、何が原因でしょうか

「怠惰、信念の欠如、そして時に見られるのが贅(ぜい)を尽くした生活です。

生得の才能を正しく活用して意義ある目的のために使用している人は、努力というものが少しも苦になりません。
快適な気分の中で、あっという間に時が過ぎて行きます。
そして人生の浮き沈みにも、忍耐力と甘受の精神で切り抜けることができます。

そういう人は、さらに実感のある永続的な至福の境涯が待ち受けていることを、霊的に直観しています」



ー 人間には自分の生命を自分で断つ権利がありますか

「ありません。それは神のみが所有する権利です。
自らの意志で自殺する人間は、再生に際して神が定めた秩序を乱すことになります」



ー 自殺はすべて自らの意志で行っているのでしょうか

「精神異常者は、自分が何をしているのかを知りません」



ー こういう絶望的な行為に追いやる霊は、その結果として生じることに責任を負わねばならないのでしょうか。

「大きな罰をこうむることになります。
結果的には殺人罪と同じですから、同等の責任を負わねばなりません」



ー 家族に不名誉が及ぶことを避けるための自殺であれば許されますか

「自殺は急場しのぎの方策であって、間違いは間違いです。
が、本人としてはそれが最良の方策と考えての行為であれば、神はその意図を汲んでくださるでしょう。
その場合、自殺は自ら科した罪滅ぼしであり、その動機によって罪の深さは和らげられます。
が、過ちは過ちです」



ー 他人の生命を救うために、あるいはその人たちの為になると信じて、自らの命を断つ行為はいかがでしょうか

「そういう動機に発するものであれば崇高なる行為と言えます。
が、その種の自発的犠牲的行為は自殺ではありません。
神の目から見て許せないのは無益な犠牲、そして軽はずみな見栄から出た行為です。

犠牲的行為は、そこに一切の打算が無い時にのみ、立派と言えます。
どこかに利己心で染まったところがあれば、たとえ犠牲的であっても、その分だけ割り引きされます」



ー このままではいずれ悲惨な死を迎えると覚悟した者が、自らの手で死を早める行為は間違いでしょうか

「神が定めた死期を待たずにそれを早める行為は、すべて間違いです。
それに自分の生命の終末がいつ来るということが分かるのでしょうか。

絶体絶命の最後の一瞬に予想もしなかった救いの手が差し延べられないとは、誰が断言できますか」



ー それは分かるのですが、私がお聞きしているのは、死は絶対に免れないと覚悟した人が、僅かな時間だけ早く、自らの手で生命を断つケースです

「そういうケースには運命を甘受する度胸と、神の意思への絶対服従の精神が欠如しています」



ー そういうケースでの自殺はどういう結果になるのでしょうか

「他の自殺と同じです。
それが実行に移された時の状況を考慮に入れた上で、その誤った行為の深刻さの割合に応じた、罪滅ぼしが科せられます」



ー 一般論として、自殺は霊にどのような影響を及ぼすのでしょうか

「自殺がもたらす影響は一つ一つ異なります。
そのわけは、それが原因となって生み出す結果が自殺という行為に導いた環境条件によって違ってくるからです。

ただ一つだけ避けがたい共通した反応として、期待はずれから生じる落胆が挙げられます。
それ以外の懲罰は一人一人異なります。

罪の浅い人は簡単な罪滅ぼしで済みますし、新たに再生して前世、
つまり自殺によって切り上げた人生より
さらに過酷な人生に耐えねばならない人もいます」


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ここまで。



人を憎んだり恨み続けることは、どれほど苦しいことでしょう。
毎日毎日、片時も気が休まらない、それはもう地獄の苦しみです。

「人を恨んだり憎んではいけない」と知っている、まじめで優しい人たちほど、その板挟みにあって、心を病みます。
耐えかねて、気休めで、相手の不幸を呪いたくなります。

けれど、そうすることがさらに自分で自分を嫌悪させ、苦しめるのです。


「理不尽なことをされ、苦痛に耐えている自分が、相手を憎んだり恨んで呪うことで、良心の呵責を背負って、さらなる苦痛と苦悩を背負い込むなんて、あまりにも辛すぎる!
なのに当の本人はのうのうと、楽しそうに暮らしている。
なぜ自分ばかりがこんなに苦しまないといけないのだろう?
すべて相手の身勝手さから起きていること。
自分が何をしたという?」


そしてその苦痛に耐え兼ねて、発作的衝動的に自死へと走ることで、自分が嫌いな自分を自分の手でこの世から消し去り、相手やこの世界からの関わりを断ちたくなる。

希死念慮をお持ちの方の中には、そうした衝動と戦っているかたが少なくないかと思います。



そして高級霊たちは、人が自死を考えるほど精神的に追い詰める人や行為を、
「殺人に匹敵する」
(霊界においては)大変罪が重いこと」
と言っています。(いじめもそうですね?)

そしてそれは、誰かの幸せを邪魔したり奪うことも、同じなのだそうです。


他の交信記録にも何度も出てきますが、肉体が死んで霊界に戻ると、この人たちはその償いから決して逃れることができません。
そしてそれは、相手の苦痛の数倍にもなるそうです。
なぜなら、霊体の感覚機能は、人間の肉体の数倍も繊細で鋭いからです。


なので正直者はバカをみません。
あなたを苦しめた人には、それ相応の天罰が、必ず下ります。


ですので、相手が赦せなくてもいいから、その人に仕返しや復讐したい衝動を抑えたり、憎しみを持たないことに耐えてきたご自分にもうこれ以上罰を与えるのはやめましょう。

それはあなたの魂を傷つけることになります。
もう血の涙を流さなくていい。
充分すぎるほど頑張って生きてきたご自分を、もう、楽にしてあげてほしいなと思います。


あなたがわざわざ、あなた自身を穢したり傷つけなくても、この先その人は、今生か、あるいは来世で。
あなたが逆に気の毒で同情したくなるほどの試練に苦しむことになるからです。



もうやめましょう。
もっと、心が、穏やかで晴れやかになるほうへ、もっと "崇高で高みな境地" を、これから目指してみませんか?


この本にも書かれていましたが、純粋な気持ちでそれを望む時、必ずや、守護霊や位の高い霊たち、背後霊たちがそうなるための知恵を授けてくれたり、チャンスなど、救いの手を差し伸べてくださるそうです。

また誰かに殺意を抱いた時、それを察知した邪霊たちがわっっと大挙してあなたの元に押し寄せ、あなたの霊体(オーラ)に食い込んで憑依し、悪意でもってあなたを支配しようとするそうです。


赦さなくていい。

でもこのことはできるだけ、思い出したり考えないようにしましょう。
できるだけ、相手やその環境から離れましょう。

そうすればそのうちだんだん忘れていられるようになります。


まずは、心の平和を取り戻すことが、復活再生への最初の一歩。

そちらの道へと歩みを進めてみませんか?