スピリチュアル レッスン ー スピリチュアリズムの探究日誌

スピリチュアリズムの学びや経験から得たことや、自分自身の変化を記録してゆきます

「よけいな不安や心配がますます自分を悩ませる」理由や仕組み




それぞれの家にはだいたい、その家の先祖と因縁をもった霊が、子孫にまでつきまとっていることが多いようです。
そうした霊を因縁霊と呼びます。

それから「背後霊」とは、いつも自分についている霊たち。

背後霊にはいろんな(役割や影響をもつ)霊たちがいます。

  • 守護霊(英語名はガーディアン・エンジェルです。エンジェルといっても天使ではありません。霊格の高い高級霊がなります。生まれる前から霊界に戻るまで同じ霊が付き添います。またこちらが人間でいる間は決して交替しません)
  • ガイド霊(自分の使命や職業を助けるため一時的についてくれます。なので役目が終わったら離れます)
  • 亡くなった家族や友人知人の霊(心配したり大好きで執着して。つまり成仏できていない=未浄化霊 ということになります)
  • どこかで憑依した、もともと縁もゆかりもない未浄化霊
  • (さらには)自分の家系に代々ついている(ご先祖や親族の因縁)霊


です。

ちなみに、無事天国(霊界)に戻った、日本流の言い方をしますと成仏した、家族や親しかった霊たちは、たまに地上に "降りてくる" 程度に現れるため、背後霊には含まれません。



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ところで「除霊」という概念ですが、文化や宗教の違いのためか、欧米ではあまり気にしていないようです。
けれど日本人は大昔から、「霊の憑依」をとても恐れ、気にします。


古来日本では「病気を起こすのは霊(妖怪、邪霊)」とみなし、僧侶や霊媒師がお祓いの儀式をする様子は、ドラマや映画でも見たことがおありかと思います。
けれど、実際にはその可能性は半々、と私は思っています。


そして、この「霊は憑りつくもの」という日本人ならではの刷り込みがますます、未浄化霊をこちらから呼び寄せたり憑依させるきっかけになってしまっているようです。(近藤千雄先生)
霊界では意志(考え、想像、気持ちや思い)が物事を形作ったり動かしますので。


ということで欧米の人はそもそも憑依や家の因縁というものに関心が低いので、憑依されにくいか、憑依されても気にしない=深刻化しない ということになります。(私は数年ヨーロッパに住んでいて現地の友人知人がおりましたので、当時のことを思い返しても、近藤先生など研究家のこの見解には同感できます)

反対に、日本人は、憑依とか因縁とかの仕組みを誤解し、必要以上に恐れたり気にかけているせいでますます、人間も霊たちにも憑依現象が起きやすくなっているようです。


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脇長生先生は著書の中で、ある憑依現象についてわかりやすく説明してらっしゃいます。
(先祖の因縁でついたというより、親きょうだいといった身近にいた故人が憑依するケースです)
そこでその部分の要点をお借りし、自分の知識もおり混ぜながら書いてみます。


「人の性格(行動や態度)には背後にいる因縁霊が影響していることがある。

因縁霊とは主に、異性関係不動産や金の貸し借りなど、その他様々な恨みが原因となっているものが多い。

ある人の因縁霊はこの人の家を没落させようと思っている。
が、自分一人ではなかなか思うように行かない。
しかしその悪念はたちまち幽界中に伝わり、するとこの念に感応し、人間に恨みを持つ動物霊たちがよしきたとばかり応援に現れ、この因縁霊に加勢するのである。


ここにある人がいる。
この人はそもそもお酒は飲まないし人柄もよかった。
が、亡くなった父親がこの人についてしまい、急に怒りっぽくて酒飲みになってしまった。
もちろん父親の霊は、子供に害を及ぼすつもりは毛頭なかった。
ただ、子供への思い(念、執着)に引っ張られ、気づかないうちに、子供のオーラに入ってしまった(絡まってしまった)。
そして、父親の性癖が映ってしまったのである

(注 この場合、故人の生前の病気や体調不良、体質なども含まれます)」



さて、こうしたケースは、因縁霊が去ってくれれば、また元に戻ります。

また、因縁霊に限らず、その人に良からぬことを引き起こす霊たちは、その人の精神レベルや心の持ち方に感応してつきます。
しかも、頭や意思といった見かけがどれほど立派そうであっても、本性の純粋さというのは、霊たちの目や波動ではごまかしようがないもの。


ということで、もしもこうした霊たちの憑依による影響を無くしたいなら、とにもかくにも、内省(考えかた、精神の浄化や改善)と人間の学び、これしかありません。


どれほど有名で実力がある霊媒師に、高額な料金を払って除霊してもらっても、その効果は薄いか一時的になります。
(霊界ではお金も世間の肩書も魔よけグッズもおまじないも。さらにはお経や宗教でさえも、霊たちにとっては異界である地上のものは意味も価値もありませんし影響も受けない。つまり効果がない、ということを考えていただけばおわかりかと思います。反応するのは人が放つ意念と、放射されているエネルギーくらいです)

自分の"(心の奥の)思い"の質や中身の類似性が、自分が健康で幸せになることを妨げる霊たちを呼び寄せ、働かせてしまっているからです。


特に、不運や不幸癖のような思い癖や態度は、邪霊を引き寄せやすいです。
(人間の、弱い者いじめの心理と一緒です。幽霊、つまり幽界をさまよう霊たちは、理性や分別がない、むき出しのエゴや欲・感情で"生きている"霊たちなので。 感情に支配されているため、自分の欲望には歯止めが利かないのです)


不安性や心配性な人ほど、実は、我が強かったり、欲張り過ぎていたりします。

誰もが健やかに、心穏やかに暮せるだけのものがあれば最低限あれば十分、というのが霊界での生活レベル。
なので守護霊たちからしたら「欲張りすぎ」に見えるかもしれません。

そしてスピリチュアリズムの観点からすると、"思いがけず" 身の危険にさらされどうにもならないとか、特に今その時点で切羽詰まってはいないのに、本気の努力も充分していない。
にもかかわらず、「もっと!もっと!!」と余計な不安や心配(怖れ、うぬぼれ、見栄)に負けて、求めれば求めるほど、低級霊や邪霊が感応し、その不安や心配の中身を実現させてしまう、ということになります。

またもっと良くないのは、自分を守り幸福(平和、安心)へと導いてくれる守護霊やガイド霊とのつながりを、低級霊たちが妨害してしまう、ということです。



守護霊やガイド霊たちは直感をとおして「これをしたほうがいい」「それはやめたほうがいい」とか、自分の望みをかなえてくれたり、自分にふさわしい生き方ができるお手伝いをしてくれます。
また、こうしたよからぬ霊たちも、彼らが離してくれるそうです。

が、守護霊や背後霊はかなり波動が高い(霊格=精神性の純度や質が高い)ので、本人の心(考え方、思い)の波長が低いと、当然周波数が合わなくなります。
つまり、双方の交信・つながりが途絶えてしまう=彼らのサポートが期待できない ということになります。

かくして、邪霊や低級霊たちの妨害は続き、自分が望む幸福から遠のいていってしまう、いつまでも不安や悩みが尽きなくなる、という状態になります。


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心や精神の浄化=向上や改善 に一番効果的な方法は、見返りや結果を求めない「無私無欲」で人がよろこんでくれるようなことをすること、です。
(次に、道徳的な知識もです)


ただただやみくもに感謝したり感謝の言葉を口にするだけでは、効果は薄いです。
それは、自分が思っているほどその動機は純粋ではなかったりするからです。

実際に、何をどうしたか?。
奉仕や感謝については、行動の結果こそが真実で本物であり、価値をもつんですね。


また、スピリチュアリズム(生まれ変わりや死後の世界のこと。人は霊であり地上でどう生きるべきか?という、霊実在主義に基づく哲学や教え)を学ぶのも良いそうです。
特に、本を読む時は声に出すこと。
そうしますと、低級霊や因縁霊たちにもそれが聞こえるので、彼らも一緒に学ぶことになるから、だそうです。

すると彼らの中で気づきや目覚めが起きますので、彼らもまた救われることになり、かくしてみんながWinWinな結末を迎えることになります。
しかも、守護霊やガイド霊との絆や交流も、自分の霊性(知識、精神性)が高まるにつれ、ますます盛んになってゆきます。


邪霊といっても、彼らにも人格(誇りやプライド)はあります。
(と申しますか、そもそも「邪霊」とか「低級霊」といったの呼び方自体大変無礼で失礼ではありますが、みなさんにはわかりやすいため、あえて使っています。心情的には「闇の中で苦しんでる人たち」という気持ちでしかありません)

ですから決して、彼らを見下したり、傷つけ、怒らせてはいけません。
ましてや、相手をやっつけよう、こらしめようだなんて、とんでもない!!!
相手にも、こうなってしまった理由、悲しみや苦しみの経験があったのだということ。
またそもそもそうした彼らを引き寄せたのは自分だったという自覚や反省(謙虚な気持ち)を、どうぞお忘れなく。



特に、急に体調を崩したり、思いがけない不運に見舞われたかたに、このスピリチュアリズム本の読み聞かせと学び(学んだり変わろうとする意志)は、私も心からおススメします。
参考までに お勧めのスピリチュアリズム関連本と参考資料 - スピリチュアル レッスン ー スピリチュアリズムの探究日誌

それは自分で実際に経験しているからで、見知らぬ誰かに除霊してもらうよりも、このほうがはるかに効果があります!
また慢性的な不調や状況を抱えてらっしゃるかたは、身体のケガや病気の回復と同じで、それなりに時間はかかるかもしれません。
薄皮を剥がすような、わずかな変化や改善になるかもしれません。
けれど間違いないのは、前進や向上をしても、それまで以上に悪くはならない、ということです。


ただし、これは生きている人間(生霊)には通じません。
これは、その本人に直接対応しなければ、その人はまだ霊ではないので、スピリチュアリズム的な対応は効果がないからです。


それから、人間は自由意志をもち、自律的自主的に生きていける自分になること(自分で自分を育てること)が、地上生活での目的でもあります。
ですから、なんでもかんでも背後霊に頼もうとか、あてにしてはいけません。
その場合、「まだまだ勉強や反省が足りていない」と、無視されるか、反対に厳しい課題が与えられるかもしれません。


シルバーバーチやそのほかの霊界通信でも、前述の脇先生も、これについては同じようなことを繰り返しおっしゃっています。

では脇先生のご本から、


「不幸の奥に霊魂があることは、神霊主義(日本流スピリチュアリズム)の教えるところ。

だが、肝心なことは、その霊魂を呼び寄せた自分の心を不幸を起こした自分の不注意を反省することである。


とかく人は自分のことを棚に上げ、他のせいにしてしまう。
このうぬぼれ、独断を戒めなければ、不幸は決して消えることがない。


心霊相談を希望する人は、『災いの元は霊魂にあるから除霊すればいい』と思っている。
その霊魂は自分が選んだのに自分の責任を霊魂に転嫁してしまっている。


人間は守護霊が先天的に守っているのだから、自分も家族も思うように行くものである。
それがゆかないのは自分が心身の統一
(反省、浄化、向上する努力)をしていないからである。

この自己責任をよく考えてみよ」



※参考資料および出典先
シルバーバーチの霊訓
スピリチュアルな生き方原典―日本神霊主義聴聞録