スピリチュアル レッスン ー スピリチュアリズムの探究日誌

スピリチュアリズムの学びや経験から得たことや、自分自身の変化を記録してゆきます

スピリチュアリズムに関わる仕事をするということ



シルバーバーチが残してくれた霊言からのまとめです。
自分自身への自戒の意味を込めて。


私たちの目には人のために役立つことをする人は全て立派な人物ですが、その ”役に立つ” ということは、真理を普及することだけに限られるわけではありません。他にも色々あります。

病に蝕まれた身体で苦しんでいる人々をその痛みから解放してあげる仕事、
不正と圧政に戦いを挑む仕事、
憎しみ合いを止めさせる仕事、
自由を守り邪を排除し、魂の奥にある大霊の資質を発揮させる仕事。

これらのような仕事は真の意味での「Service(奉仕の行為)」といえます。


(そもそも自分の内に)、邪悪なものがなければ、善なるものしか近づけません。


地上の一人の人間が他の一人の人間に救いの手を差し伸べようとする時、その背後には数多くの霊が群がり、その行為を援助し気高い心を何倍にもふくらませようと努めています。
善行の努力も奉仕の精神も、決して無駄に終わることはありません。


これまでの人間は何か良いものを手に入れると、それを人のために使おうともせずに独り占めしようと画策し、いずれ崩壊するに決まっているような社会組織を構築しようとしてきました。 なぜならその基準が間違っているからです 。


いかなる人間も摂理(宇宙の法則、森羅万象、大霊)の働きかけから逃れることはできません。
なかんずく、霊の声を聞いた(良心の痛みを感じた)ならなおさらです。

間違っていると知りつつ改めることができない者は、知らずに過ちを犯す者よりも、重い責任を取らされます。
「その行為はいけないことである」ことを知っている、ということが罪を増幅するのです。
霊的向上の道は容易ではありません。 知識の受容力が増したことは、それだけ大きい責任を負う能力を身につけたことであらねばならないのです 。


魂が目覚め、霊力と共にもたらされる愛の恩恵に浴した人、つまり霊的真理の啓示の恩恵に浴しながらも、それでもなお自己中心的な生き方に終始している人は、その怠慢に対する罰がそれだけ大きくなります。
知らずに犯したのではなく、(してはいけないこと)と知っていながら犯しているからです。
人のために役立てるべき霊能を授かりながら、『それを銀貨30枚で売っている(※)』人が大勢います。

(※ 近藤千雄先生による補足)
イエスの弟子ユダが銀貨30枚をもらってイエスの隠れ家を教え、それがイエスの逮捕処刑となり、ユダは自殺する。 良心を裏切る行為のこと。


霊的事柄や分野に携わる人で、地上の人々の心身両面にわたる健康を維持するための霊的摂理を説く人ほど、大きな責任を負っていることになります。
それを勘違いしたり怠ったりするとその人は、地上生活中ないしはその後に、この代償を支払わされます。


まだまだ浄化が必要です。まだまだ精進が足りません。まだまだ霊的再生が必要です。


霊媒(チャネラーも)は止むに止まれぬ献身的精神に燃えなければなりません。
その願望そのものが霊格を高めて行くのです。
それが何よりも大切です。
なぜなら人類が絶え間なく霊性を高めて行かなかったら、結果は恐ろしいことになるからです。
霊がメッセージを携えて地上へ戻ってくるそもそもの目的は、人間の霊性を鼓舞するためであり、潜在する霊的才能を開発して、霊的存在としての目的を成就させるためです。


霊的に向上すればそれだけ仕事の範囲が広がって、より多くの価値ある仕事ができます。
そのように法則が出来上がっているのです。
ですがそういう献身的な奉仕の道を歩む人は必然的に孤独な旅を強いられます。
ただ一人、前人未踏の地を歩みながら後の者のための道標を立てていくことになります。
優れた特別の才能にはそれ相当の義務が生じます。
両手に花とはまいりません。


ときおり私がうんざりさせられるのは、霊界からの高等な教えばかりを求めて、それを同胞のために役立てることをしない人がいる、ということです。
人間は成長するにつれて大霊の摂理の働きを理解していくのであって、教えそのものに、高いも低いもありません。
そうやってもったいぶって真理の追求ばかりをしている人たちが、地上を少しでも住みやすい世界に、つまり餓えや渇きから解放し疲れた体を癒せる家に住めるような世界にするため行動を起こすようになれば、それこそ最高の教えを実践することになるのですが 。


霊的真理を学ぶには色々な道がありますが、苦痛と落涙、流血と悲劇を体験しないと学べないと言うのであれば、それもやむを得ないでしょう。
私としてはできることなら、愛と奉仕の精神を通して霊的資質を発揮する中で学んでほしいところです。 しかしそれができないとなれば、摂理に逆らった手段によって痛い思いをしながら学ぶしかないでしょう。 痛みという代償と引き換えに学ばねばならないということです。


あなた方はすでに知識をお持ちです。霊的真理を手にされています。
そしてそうした霊的知識にはそれをさらに価値あることのために使用する義務が伴うということを忘れないでいてください。

(霊訓を得たスピリチュアリストほど、思いつきや自分の感覚でいい加減なことを真理として語らないよう、シルバーバートは勧めています。正確に伝える義務や責任があるのです。
その知識や情報のソースまでこたえられるほど、信頼性が高いものでなければなりません。 なぜなら不確かな情報ほど、その人自身だけでなく、スピリチュアリズムそのものが疑われ、拒否されてしまうことになりかねないからです


地上界で大人物と言われた人が霊界でも大人物と言われるわけではありません。 こちらの世界での偉大さは、魂の偉大さ、霊性の高さ、奉仕の精神の大きさで測られます。 


たった一人の魂を救ってあげるだけでもいいのです。
暗闇にいる人に光明をもたらしてあげれば、
弱っている人に力を貸してあげることができれば、
あるいは逆境にあえぐ人に慰めとなる教えを授けることができれば。
たとえそれがたった一人であっても、あなたは価値ある貢献をしたことになるのです。


自分のことより他人のためを優先し、自分の存在を意義あらしめるほど霊性が発達します。
それはあなた方の一人一人の内部に宿る大霊が発揮されるということです。
至って単純なことなのです。
ところが人間は教会を建立し、何やら難しい説教をします。
私にも理解できない難解な用語を用い、また、これぞ宗教とばかりに仰々しい儀式を行います。
そんなことよりも、生きる気力をなくしてる人のところへ出かけて行って元気づけてあげ、疲れた人に眠る場を与え、餓えに苦しむ人の空腹を満たしてあげ、渇いた人の喉を潤してあげ、暗闇に閉ざされた人の心に明るい真理の光を灯してあげることです。
そうしたことを実行している時、あなたを通して大霊の摂理が働いていることになるのです。


イエスは私たちと同じ大霊の霊力を携えて地上界へ降誕し、同じ奇跡的現象を起こして見せ、同じようなメッセージを届けました。
すなわち、喪の悲しみに暮れる人々を慰め、病める人々を癒し、暗闇に閉ざされた人々に光をもたらし、人生に疲れた人々には生きる勇気を与え、何も知らずにいる人々には霊的知識を授けてあげなさい、と。
私達もあなたがたも皆、大霊の奉仕者です。その点は同じです。


内心では間違っていると感じていること、理性が得心しないことを潔く捨て去った時、その時こそあなたは「自由」となるのです。
知性が反乱の雄叫びをあげたのです。
新しい真理の光で自分の間違いに気づき、怖じけることなくそれを捨てさった時,あなたは本当の意味で自由となるのです。
(自分にとって「それは正しいのかそうでないのか」、「否定や拒否をすべきかどうか」の判断は、気分も含め感情でするのではなく、理性や知性(分別や道徳観念)で行うのが本来は正しいということ。その後どのようにするかは別として)


宇宙の中で、地球人より 霊的進化が劣っている天体はたった一つです。
(シルバーバーチの情報が事実なら、地球界の霊的レベルは下から2番目ということになります。 数や順位はどうであれ、霊的レベル/次元が低いということは間違いありませんし、地上で暮らしているということはそれだけまだまだ知らないことが多いということ、愛情や精神レベルにおいても未熟である証拠。 そのような自覚や謙虚さ=向上心をもって生きることは大切と思います。 ところでこの点は「アミ ちいさな宇宙人」の宇宙人アミも同じようなことを語っています)


霊性というものは苦悶と病苦と悲哀の体験を通して初めて覚醒するものです。
かくして自我に目覚めた魂は他人の苦しみに心を配る、大きな魂へと成長するのです。

やりたい放題の人生を送り、夢まぼろしの幸せを追い求めている魂は、いつかは実在を学ぶために過酷な体験をさせられる時がまいります。
贅を尽くした安楽の日々を送っている人を見て羨ましがることはありません。 その行く先には過酷な人生が待ち受けているのです。

地上界にせよ霊界にせよ、魂はありとあらゆる体験を積まらなければならないようになっているのです。 いかなる体験にも必ず学ぶべきものがあります。 世俗の酸いも甘いも噛み分け、本当の自我を確立して初めて、魂の奥の間に入ることを許されるのです。

それは確かに難しいことです。
しかし難しくないはずがないのではないでしょうか?
聖人君子になるのが簡単でしょうか。 真理の殉教者となるのが簡単でしょうか。 宗教的指導者や社会革命家となるのは簡単でしょうか。
簡単であろうはずがありません。

苦難から逃れようとするような人間に、人を導く資格はありません。
(身も心も楽して生きることこそが真の幸福や最善とし、またそうした生き方を求めたり、他の人にも勧める人。 そもそも地上の常識と霊界での常識は異なっていますし、「自分達は霊的存在である、次の来世からの生活が本番である」ということが忘れられている考え方と私は思います)


恐怖心は魂の牢獄をこしらえます。
ですから恐怖心が頭をもたげかけたらその波動に巻き込まれることなく、それを抑え込み、信念を持ってこう自分に言って聞かせるのです。
「自分は大霊なのだ。 地上の出来事などで動揺しない。 魂の宿る無限の霊力でいかなる困難もしのいでみせる」と。
そういう力をあなたがたは授かっているのです。
その無限の力を見限ることほどもったいない話はありません。


いずれにしても、私が皆さんに代わって問題を解いてあげるわけには行かないのです。
それは皆さんの自由意志に干渉することになるからです。
例えばこの霊媒(バーバネル)の私生活に関連して、私がああしろこうしろと指示するようになったら、それはこの霊媒の持つ自由意志がなくなったも同然です。 ということはそれきり進歩しなくなるということです。


あなた方一人一人の内部に宿された霊性が発達するのは、日常生活で生じる問題をいかに解いていくか、その努力をしている時です。
何もかも楽に片付いてるうちは成長しません。
ただし私にも干渉を許される局面があります。
この霊媒を通じての私の使命に関わる問題が生じたときはチャンネルとしてのこの霊媒の自由を確保すべく、邪魔を排除する手段を講じます。

この霊媒の霊性の進化にかかわる時は、それはこの霊媒の自己責任ですから、あくまでも自分で解決して行かねばならないということです。

(つまり、レベルの高い霊とつながれるからといって必ずしも、その人物が人より楽で恵まれた人生を送っているわけでも、霊的レベルが高い=人格者であるとはいえない、ということになります。 その本人自身もまた他の人達同様、常に自分を戒めて、自身の精神を浄化し、高めていける努力が必要です。むしろ、生涯を通じて困難や試練が多いかもしれません。 なぜなら、シルバーバーチがいうように、それらが浄化や成長に欠かせない経験になるからです。

あなたが信頼している霊能者やスピリチュアリストは、あなたの理性や知性・分別でもって会話の中身や態度を照らし合わせてみても、これまで同様、信頼や尊敬に値する人ですか?)



※参考資料および出典先
霊的叡智の宝庫 シルバーバーチの教え(新版・上)
(2017年に改題と一部改訂がなされ、現在はキンドル版で販売されている模様です)
シルバーバーチの霊訓〈6〉


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