スピリチュアル レッスン ー スピリチュアリズムの探究日誌

スピリチュアリズムの学びや経験から得たことや、自分自身の変化を記録してゆきます

自由意志。改めて、「自分次第で幸も不幸もどうにでもなる」



(この記事は予約投稿です)


こんにちは。

こちらの本から抜粋してお借りしています。

霊力を呼ぶ本―生きがいの発見




宇宙の恩恵すなわち全ての創造物に顕現されている神の意志と力に、あなたの心がより多く反応するようになることが、あなたの人間性をより豊かにするゆえんとなる。

永遠なる宇宙進化の営みにあなたも参加することになる。
そうするかしないかは、あなたの自由意志の選択に任されている。

自由と責任といっても人間のそれは極めて限られた小さなものではある。
が、この世でもあの世でも、あなたの心が天国となるか地獄となるかの鍵を握っているのは、自由意志である。


一つの選択をすればその選択につながる結果というものは必ず訪れる。
神のため、同胞のために己を捧げてきた人間と、悪の限りを尽くした人間とが同じ霊格を備えているわけがない。

その行いと心がけとが両者の間に大きな溝をこしらえている。 それは因果律による当然の結果である。
もしそうならなかったら神の公正がまやかしであったことになる。


人生の目的は、必ず訪れる次の人生に備えて、それにふさわしい人間性を築くために各種の体験を積むことである。
地上はいわば人生学校であり、色々と学習して一段上の霊界という学校に上がるためのトレーニングを受けるところである。


自分のことは自分でやらねばならない。 
自分の果たすべき責任を他人が背負うことはできない。
人があんなことをしたとか、こんなことを言っているとかどう思っているとか。
そんなことで自分の心を痛めるのは愚かなことである。あなたには何の関わりもないことだ。


肝心なのはあなたが何をし、あなたが何を言い、あなたが何を思うかであって、あなたはそのことにだけ責任を取ればいいのである。


良いことをすればそれだけあなたの徳になるのだし、罪なことをすればそれだけあなたが汚れていく。  
それが因果律というものなのである。
大切なことは永遠の人生において、善悪共にこれまでという限度がないということである。


立派と言われる人でもそれ以上の人から見ればまだまだ至らないところだらけである。
うぬぼれや自己満足は危険だ。
上に昇っただけ下に落ちる可能性があることを忘れてはいけない 。

逆の言い方をすれば、今あなたの回りが全て闇に包まれどん底だと思っていたなら、本当はもっともっと悪くなる可能性もあったのが「この程度で済んだのだ」と言い聞かせるのと同時に、これだけ下がったということは「この分だけ上がれる力がある証拠」だと考え、自分を元気づけることである。


手放しで喜んでいい人生はありえないし、救いようのない絶望的人生もまたありえない。
一つの頂点を極めればそれまで見えなかった次の頂点が見えてくる。
登れば登るほどまだまだ上があることに気づく。
それは物欲についても言える。
人間の欲にもきりがないのである。


だから悟りを開いた人は同じく財産と呼べるものでも、一旦身につけたら二度と失うことのない永久の財産、すなわち霊的真理を求める。
真理だけは誰からも奪われる心配がない。
その点が物的財産と本質的に異なるところである。


知識の獲得は人生における最も大切な仕事の一つである。

無知は心を牢獄に閉じ込め、知識が心を自由にする。



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