スピリチュアル レッスン

スピリチュアリズムの学びや経験から得たことや、自分自身の変化を記録してゆきます

【シルバーバーチ】 地上に生まれ変わる理由と生きる目的とは。 


こちらの本から抜粋してお借りしています。

シルバーバーチの霊訓〈10〉



霊的知識が深まるにつれ、自分に無限の可能性があること、完全への道は果てしない道のりであることを認識するようになります。
と同時に、それまでに自分が犯した過ち、なすべくでありながら怠った義務、他人に及ぼした害悪等が強烈に意識されるようになり、その償いをするための行いに励むことになります。

埋め合わせの法則と懲罰の法則があり、行為の一つ一つに例外なく働きます。
その法則は完全無欠です。
誰一人としてそれから逃れられる者はいません。
見せかけは剥ぎ取られてしまいます。
全てが知れてしまうのです。
ということは、正直に生きている人間にとっては何一つ恐れるものはないと言うことです。


難しい問題がなくなってしまうわけではありません。
解決すべき問題は次から次へと生じます。
それを解決することによって魂が成長するのです。


何の課題もなくなったらいかなる意味においても “生きている” ということにはならなくなります。
魂は陽光の中ではなく、嵐の中にあってこそ自我を見出すものなのです。


もしも私が、『あなたの悩みは全部こちらで引き受けてあげます』と申し上げたら、それは嘘を言っていることになります。
私にできることは、問題に正面から対処して克服していく方法をお教えすることです。
いかに大きな難題も障害も、霊の力の協力を得れば、人間にとって告白できないものはありません。


問題が生じるのが当然の成り行きです。
地上は、困難と挫折と障害と逆境に遭遇させられる場所なのです。
地上生活のそもそもの目的は、のびゆく魂が、危機においてはじめて呼び覚まされる潜在的資質を発現するために、様々な事態に遭遇することにあるのです。

そうした問題を克服しない限り、霊性の向上は望めません。
が、実は克服できないほど大きな問題は決して背負わされないのです。
忍耐強く導きを祈り、求めることです。時が熟せば必ずドアが開かれ、道が示されます。
私はそのことを同志の方にいつもこう申し上げております。
『締め切られたドアをせわしく叩いてはいけません』と。


私は地上の同志のかたに気楽な人生、何の障害もない人生をお約束することは絶対にできません。
私から言えることは、障害も困難も、その一つ一つが挑戦すべき目標だと言うことです。
一つ克服するごとに、あなたは霊的に成長するのです。



ー 埋め合わせと懲罰があるということは、例えば立派な行いには褒章があるということになりますが、そういう事を裁定する神様はどこにいるのでしょうか

もしも埋め合わせと懲罰がなかったら、神の公正はどうやって発揮されるのでしょう。
罪深い人間が聖者と同じ資格を具えることがあってよいでしょうか。
もちろん良いはずはありません。
いかなることにせよ、良いことをすればそれだけで霊性が向上し、自己中心的なことをすればそれだけ霊性を損なうのは道理です。
よきにつけ悪しきにつけ、あなたの霊的命運を定めていくのは、あなた自身です。
あなた自身のことに関して最後に責任を負うのはあなた自身なのです。



ー 地上に誕生しようとするのは何か特別やりたいことがあるからでしょうか。 それともより多くの知識を得るためでしょうか

両方ともそうですが、それ以外にも何か奉仕的な仕事を行い、その中で神から授かった霊的資質を開発するための場合もあります。
もう一度生まれ変わりたいという願望を持つようになる人がいます。
奉仕的活動をしたいという場合もあります。
成し遂げたい仕事がある場合もあります。
償わねばならないカルマ的な借金が残ってる場合もあります。
そういう人たちが地上へ再生するのです。
再生したくないのであれば、この暗くジメジメした陰鬱な世界へ戻ってくる必要はありません。
真の自我に芽生えた人は再生してくる必要はありません。



ー なぜ再生して来ない人がいるのでしょうか。 そういう人はそれから先どうなるのでしょうか。

支払うべきカルマの負債もなく、やらねばならない仕事もないからです。
地上での用事がすっかり終わったということです。もう地上へ戻ってきてすることがないのです。
地上との一切の縁を切って、霊界での向上進化に専念することができます。



ー 霊界に行ってからでもカルマの清算をすることができるのでしょうか。

もちろんです。それが普通です。



ー 見えない異界の存在を認識するために霊的感覚を養成することも我々の義務と言ってよいでしょうか。

おっしゃる通りです。
物質の世界の裏側に霊的側面があることを認識して初めて本当の意味で生きていることになります。
霊的実在に気づかないかぎり、悲しいかな、霊的な意味で目と耳と口を塞がれているようなものです。

地上生活の一番肝心な目的は、霊が地上を去ったのちの霊界生活をスタートする上で役に立つ生活、教育、体験を積むことです。
もし必要な体験を積んでいなければ、それはちょうど、学校へ通いながら何の教育も身につけずに卒業して、その後の大人の生活に対応できないのと同じです。


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