スピリチュアル レッスン

スピリチュアリズムの学びや経験から得たことや、自分自身の変化を記録してゆきます


面識もないブロガーから長年に渡り執拗なつきまといやアイディアや内容、表現の模倣、陰で嫌がらせを受けています。
直接注意をしても一向にやめようとしません。そこで止むを得ず、更新の回数や内容を控えています。
つきまといと盗用問題

「関係を持たない」「接触してはいけない」という関係性


「どんな人でも嫌ったり仲間外れにすることなく、
上手く付き合わなくてはいけない」



昭和の時代に生まれ育った私は特に、学校やオトナから、そんな風に教わりながら育ってきました。
けれど社会人になってからは、そうは言っても現実には難しいことを知ります。
その際、先のあの言葉がよみがえってきて、するとそのこと(良心や正義、罪悪感など)と自分の本心との間で板挟みになり、悩むようになりました。


そうしたところ、スマナサーラさんが著書の中で述べてらしたことがとても腑に落ちまして、「性格や価値観が合わない人とは無理して関わらなくていい。 気にせず無視しててもいい。 不快だという気持ちを大切にしていい」と悟って決めた瞬間から、気持ちがすーっっと楽になりました。


こちらのご本からお借りします。

ブッダの幸福論



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関係をもたないという関係


「しっかり生きている」人というのは、他の生命との関係がこじれておらず、うまくいっている人のことです。

一方、関係がうまく行っていると大丈夫なのにこじれると大変危険ということは、例えばアレルギー症状を見るとわかります。

アレルギーの子供たちは、ある特定の食べ物を食べててしまうと生命に関わる問題が起きたりします。 卵アレルギーの子供がうっかり卵や卵が入っている製品を体に入れてしまうと、大変なことになる。 そこで、この生命との関係をどう保つかです。



自分の命を支えてくれる存在に対しては、それなりに親切な態度で仲良くすること。
自分の命に危険をもたらす危険な生命からは離れ、関係を持たないということ。

「関係を持たない」という関係も、立派な関係なのです。



例えば、熊が住んでいる所には行かないようにすること。
熊は危険だからと殺すのではなく、クマが隠れている森に入ってしまうと危ないから行かないようにする。
それで関係が成り立つのです。
動物と遊びたければ犬と遊びましょう、ライオンの群れに飛び込むことは絶対にやめましょう、ということです。



どんな生命でも私たちの生命を支えてくれるわけではないのです。
ミミズは枯れ葉を食べますが、人間にとって枯れ葉は食べ物ではありません。
シロアリが食べる木は、シロアリにはご馳走かもしれませんが、人間には食べられません。
このようにそれぞれの関係は決まっているのです。



生命の関係には2種類あります。

第一には、命を支えてくれる関係です。
この関係の中では、お互い助け合ってうまくいくように気をつけるのです。

第二には、自分が "食べられてしまう" ような環境からは離れていることです。
私たちに必要なのは、熊と関係を持たないでいるという態度です。


危険な関係を放っておくこと。
「関係ないという関係」を保つことです 。



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