スピリチュアル レッスン

スピリチュアリズムの学びや経験から得たことや、自分自身の変化を記録してゆきます


面識もないブロガーから長年に渡り執拗なつきまといやアイディアや内容、表現の模倣、陰で嫌がらせを受けています。
直接注意をしても一向にやめようとしません。そこで止むを得ず、更新の回数や内容を控えています。
つきまといと盗用問題

ありがとうございました。


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こんにちは。

めったに更新していないのにも関わらず、たくさんのかたのご購読と応援ポチ、心から感謝の気持ちでいっぱいです。
みなさま、ありがとうございました。


おかげさまで私も無事、今日の、大晦日の日を迎えることができました。

それもこれもみなさまのおかげです。
本当に、お世話になりました。
ありがとうございました!


新しい一年が、どなたさまにとっても、明るく豊かですばらしい年になりますよう、お祈りしております。


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せっかくなので、少し書かせていただきますね。


私はかれこれ30年以上、朝と寝る前に、ご縁のある文殊菩薩と薬師如来のマントラをあげながらお祈りをしています。
今日もがんばります、と、今日もありがとうございましたと、慈悲の瞑想もしながら、お礼やご挨拶もしています。


今朝のこと。
薬師如来さまに向かってお祈りを始め、この一年のご加護に、感謝の言葉を申し上げました。
そしてその時、ふと、「薬師如来さまもおひとりでひっきりなしにたくさんの人たちのお世話をされていてそれは大変ですね? (この世や人の荒廃ぶりに)さぞ心を痛めておられることでしょう。」という考えが頭をよぎりました。



すると次の瞬間、こんな「イメージ」がかえってきました。

「いいえ。みなさまのお世話は辛く苦しいどころか、この上なき喜びです。 私の心はいつなん時でも無情の喜びで満たされており、幸福なままです」



神と呼ばれるほどの意識レベルに達した人たちって、本当にすごい。
胸が熱くなりました。



思えば、悟りを開いた僧侶やヨギたちも、たしか同じことをおっしゃっていた気がします。
「生きている、ただある。 それだけでも喜びであり幸福だ (はた目から見て、たとえいかなる苦難や試練の中にあろうとも)」と。



そうそう、いま、思い出しました。
宇宙人アミも同じようなことを言っていました。


人生には少しもすばらしいことがなく、きけんなことばかりでいっぱいだと思いこんでいる。

海の潮騒も耳に入らなければ、夜の香りも感じない。

歩いていることも、ほんとうに "見る" とはどういうことなのかの認識もない。

呼吸することも楽しまない。

きみは、いまは催眠状態にいるんだよ。 ネガティブな催眠状態だ。


もし、人生やその瞬間が美しいと感じはじめたとしたら、そのひとは、目覚め始めているんだ。

目ざめているひとは、人生は、すばらしい天国であることを知っていて、瞬間、瞬間をまんきつすることができる。

(第一巻より)




来年私も、ほんのわずかで良いので、そうした境地にたどり着けると良いのですけど。


それではまた。

みなさま、どうぞ良いお年をお迎えください。


Hearts in Harmony  ケイサトウ


(別窓で開きます)